劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1267 / 2283
逃げ出したい気持ちは分かる


脱走

 南方諸島工廠の中は大騒ぎになっていた。走り回る警備員と医療スタッフを、研究員が不安げな表情で見送る。

 

「また『四番』が騒ぎを起こしたらしい」

 

「またですか?」

 

「部屋の中は爆弾でも放り込まれたような有様だそうだ」

 

「まったく……力の強さだけは一人前だからな、『四番』は」

 

「実験は明日だというのに……いい加減にしてほしいです」

 

「一人くらい、いなくなっても構わないんじゃないか?」

 

「そういうわけにはいきませんよ。『四番』の出力は残った九人の中でも一、二を争うんですから」

 

「忌々しい話だな……」

 

 

 こんな会話が研究所のあちこちで、ひそひそと繰り広げられていた。彼らが言う『四番』、四亜の部屋には麻酔銃や電撃銃を構えた警備員が十人以上集まっている。

 

「頼む、銃は使わないでくれ!」

 

 

 警備員に羽交い締めにされた江崎研究員が、声を張り上げて懇願している。部屋の中央には、目の焦点が合っていない四亜がぼんやり立っていた。

 警備の目が四亜に集中する中、廊下の一番端にある部屋のドアがそっと開いた。ロックされているはずのドアを開けて中から出てきたのは、検査着のような飾り気のないワンピース、というより貫頭衣を着て紐無しの布靴を履いた四亜にそっくりの少女だった。

 その少女、九亜は、左右を窺うこともせず盛永に言われた通りのルートを走り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時計の針は正午を指していた。南盾島のショッピングモールも、レストランに出入りする観光客でごった返している。その人混みの中を、真由美は息を切らして駆けていた。

 

「真由美!」

 

「摩利、見つかった?」

 

「いや、まだだ」

 

「そう……」

 

「お前の『マルチスコープ』で見つけられないのか?」

 

「あれは『その場所に何があるのか』を見る魔法であって、『何処にいるのか分からない人』を見つける魔法じゃないわ。こんな時、達也くんのような索敵能力があれば良かったんだけど……もうっ! 何でこんなに人が多いのよ!」

 

 

 摩利の問いかけに真由美は首を横に振り、八つ当たりの癇癪を起こした。摩利は真由美を窘める事無く、ため息を吐いた。彼女も似たよう思いだったからだ。

 

「達也くんのあれは能力なのか? 魔法だと思ったが……人が多いのは昼時だから余計にな……地道に探すしか無いという事か」

 

 

 真由美も摩利と似たようなため息を漏らす。

 

「せめて待ち合わせの場所にいてくれたら……」

 

「その秘密研究所とやらも当然、連れ戻そうと人を動かしているはずだ。じっとしていろというのは無理だろう」

 

 

 二人が探しているのは、海軍の研究所を脱走してくるはずの少女だ。摩利の言葉に少女の危うい立場を思い出して、真由美は自分に活を入れた。

 

「追われているなら尚の事、早く見つけてあげないと」

 

「そうだな。あたしはあっちを探してみる」

 

「じゃあ、私はこっちを」

 

 

 二人は気合を入れ直した顔で頷きあった。

 

「というか真由美、どれだけ達也くんにご執心なんだ?」

 

「なっ!? 今はそんな事言ってる場合じゃないでしょうが!」

 

「それはそうだが、真っ先に達也くんの名前が出てくるあたり、お前がこだわってる証拠じゃないのか?」

 

「そんな事ないわよ! というか、人探しじゃ十文字くんやはんぞー君じゃ頼りにならないでしょ? ましてや、小さな女の子相手だと、十文字くんだと泣かせちゃう可能性があるし」

 

「まぁ、アイツの顔は見慣れてないと怖いだろうからな……」

 

 

 ここにいない克人の顔を思い浮かべて、摩利は苦笑いを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海軍の秘密研究所、南方諸島工廠内部は、先ほどとは比べ物にならない緊迫感に包まれていた。

 

「所長。『九番』の脱走を手引きした者が分かりました。消耗品の補給と廃棄物の搬出を委託していた外部企業の人間です」

 

「それで、九亜の行方に関する手掛かりは何か?」

 

「いえ、それが……その者は我々が拘束する直前に服毒自殺しました」

 

「自殺?」

 

「はい。まだ調査中ですが、その者はUSNAと繋がっていたのではないかと見られます」

 

「わたつみシリーズがUSNAの手に渡ったと言うのかね!?」

 

 

 兼丸が大きく目を瞠る。兼丸はそれ程大きな声を張り上げたわけでは無かったか、その静かな迫力に警備隊隊長が思わず半歩、後退る。だが次の瞬間には、兼丸は落ち着きを取り戻していた。

 

「いや、この島からそう簡単に出られるはずはないな。九亜の足取りは何処まで掴めている?」

 

「ショッピングモールへ製品を運ぶ無人運搬車に紛れ込んだところまでは判明しています。ですが、それ以降の足取りは……」

 

「不明、か」

 

 

 兼丸は、どうでもよさそうな口調で呟いた。

 

「盛永研究員の訊問結果は?」

 

「脱走との関連性は証明できませんでした」

 

「グレーのままか……殺してはいないだろうな?」

 

「とんでもありません! 部下を立てて監禁しています」

 

「そうか」

 

 

 隊長は慌てて首を横に振り、少し声を張り上げて答えた。その反応に、兼丸が小さくため息を吐いた。

 

「ショッピングモールと空港の捜索は依頼済みだな?」

 

「憲兵隊を中心とした捜索部隊を、既に出してもらっています」

 

「後は結果待ちか……ご苦労だった」

 

 

 兼丸の一言に、警備隊隊長は敬礼をして部屋を出ていく。

 

「見つかったとしてもすぐには使えんか。八人で実験を行うよう設定変更の指示を出さねばな……」

 

 

 兼丸の独り言を、隊長は耳にしなかった。




兼丸は屑だな

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。