正午のレストランが混む時間帯だったが、深雪たちは無事に七人全員が座れるテーブルを確保していた。女性陣プラス幹比古は、既に食事を終えて飲み物やデザートを口にしている。レオだけがまだ食事中だったが、それを気にしている者はレオを含めていなかった。
「ところでさ、美月。新しい制服はもう来たの?」
「ううん、まだ。四月二日以降、遅くても始業式の前日には届けるって通知が来てたよ」
エリカの質問に、美月は少し照れながら、嬉しさを隠し切れない表情で答えた。美月は二科生であることを恥じていなかったし一科に上がりたいとも思っていなかったが、新設される魔法工学科への選抜試験に通った事は素直に喜んでいた。
「ふーん、達也くんも?」
「ええ。私もそう聞いているわ」
「美月も達也くんも新学期から魔工科かぁ。二軍脱出、おめでとう、かな? まぁ達也くんの場合は二科生っていうのが最初からおかしかったんだけどね」
そこでエリカは、意味ありげな視線を幹比古に向けた。
「ミキも来月から一科生だしね。寂しくなるわね」
「そ、そういえば吉田くんの所には、もう新しい制服は来たんですか?」
「あっ、うん。終業式の次の日に。僕の場合は達也や柴田さんと違って既存のデザインだから、その分早かったんじゃない」
美月が慌てた口調で口を挿んだのも、幹比古が早口で答えたのも、エリカがからかうのを防ごうとした結果だったのだが、どうやら無駄な努力だったようだ。
「ねぇ、ミキ。晴れて『ブルーム』になった感想は?」
「止してくれよ。ブルームとかウィードとか思って無いって。それに僕は柴田さんたちみたいに志願してテストを受けたわけじゃないんだから」
幹比古が居心地悪げにエリカから視線を逸らす。逸らした視線の先では、レオが眉を顰めて何事か考え込んでいた。
「レオ……どうしたんだい?」
「何か、外が殺気立ってねぇか? あの走り回ってる連中、どう見ても素人じゃねぇだろう」
レオの言葉を聞いて、窓際の席に座っていたエリカも外へ振り向いた。
「警備の軍人……いや、憲兵かな?」
レオや幹比古が言う通り、さっきまでは見当たらなかった私服の軍人だと思われる人影が、モールのそこらかしこに散らばっていた。
「基地から脱走者でも出たんだろうか」
「だったらちゃんと軍服を着ているはずよ。私服なのはおかしい」
幹比古の常識的な推測に、エリカが疑問を呈する。
「観光客に配慮しているという事は無いの?」
「ううん。それなら余計に『自分たちは怪しい者じゃない』って分かり易く見せるはずよ。あんな風にコソコソするのは普通じゃない」
「そうね」
「コソコソしてるか?」
深雪の反論にも、エリカは首を振り、深雪も本気で反論したわけではなく、エリカの指摘にすぐ頷いたが、レオは「あんなにあからさまに怪しいのに」という意味で尋ねた。
「民間に開放されているとはいえ、ここも一応基地内なんだから。脱走兵の捜索なんて当たり前の任務だったら軍服を着ない理由は無いでしょ。なんだかヤバそうな事が起こってる気がする。早く別荘に戻った方が良いよ」
「……そうね。予定より少し早いけど、帰りましょうか」
エリカの切迫した声に、深雪がそう応える。タイミングを合わせたように、全員が一斉に立ち上がった。
彼女たちは北山家のティルトローター機で媒島から直接、南盾島に来ていた。最近ではティルトローター機も随分ポピュラーになっており、この海上飛行場にも自家用機用のヘリポートならぬVTOLポートがある。
深雪たち七人は無人運転の電動コミューターで、自分たちが乗る自家用機を駐めたVTOLポートへ戻った。ティルトローター機は無線で合図するまでもなく、タラップが下りていた。
「不用心じゃないかな……」
これでは不審者が侵入し放題だ。幹比古が思わず口にした呟きは、全員の意見を代弁したものだった。その呟きに雫がムッとした表情で機内に入る。彼女は客室ではなく、操縦席に向かった。
『うわあっ! おっ、お嬢様? 随分早いお戻りですね』
操縦席から聞こえるパイロットの悲鳴を、先に乗り込んでいたほのかは客席で聞いた。その後二言三言、パイロットと言葉を交わした雫が、呆れ顔で客室に入ってくる。
「……居眠りしてた。伊達さん、腕は良いんだけどね……」
「あはは……」
ほのかは空笑い以外の対応を思いつかなかった。雫、ほのかに続き、深雪、エリカの順番で客室に入る。深雪はそのままシートに座ったが、エリカは客室の入口で微かに眉を顰めて立ち止まった。エリカの後に続いた幹比古が、怪訝な顔で彼女に目を向ける。エリカは何事も無かったように、深雪の隣に座った。
最後にレオが機上に上がり、出入り口横のスイッチを押した。タラップが上がり、ドアが下りていく。そこに近づく軍用車の走行音。ごついオープントップ車がタイヤを軋ませて、飛行機の隣に停車した。
「そこの自家用機! 機内を検める! タラップを下ろせ!」
助手席の海兵が、居丈高な声で叫ぶ。ほのかと美月が少し怯えた表情を見せ、幹比古か緊張した表情を浮かべる。深雪は煩わし気な目を向け、雫が面倒臭そうにため息を吐いた。
「あいつら……」
エリカは眉を吊り上げシートから立ち上がり、仕方ないとスイッチを操作していたレオを押し退けた。
雫に起こされてみたい気もしないでも……ただ、寝起きは良いんですよね……