劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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弟子の間では人気が高いですから


乗り間違え

 タラップが下りていくハッチの前に、エリカが仁王立ちして海兵を問いただした。

 

「何の用?」

 

 

 予想外の対応に海兵は訝しげな表情を浮かべたが、すぐにギョッと目を見開いた。

 

「ゲッ!? エリカお嬢さん!?」

 

 

 海兵が二人とも、慌てて車から降りる。怯んだ海兵とは対照的に、エリカは嵩にかかって語調を荒げた。

 

「あんたたち、この飛行機に何の用なの? 機内を調べるとか言ってたみたいだけど」

 

「その、実は……基地内の病院から、特殊な患者が脱走したらしく……」

 

「らしい?」

 

「あっ、はい。我々はそう聞かされています」

 

「この飛行機にはいないわよ」

 

 

 エリカに鋭い視線を向けられ、素直に答えた海兵たちに返答するエリカの態度は、まさに取り付く島がないものだった。

 

「いえ、ですが、その……一応探させていただけな――」

 

「ここにはいないって言ったでしょ。それとも……あたしの言葉が信じられない!?」

 

 

 エリカは海兵に最後まで喋らさずに、声に殺気を乗せて一喝する。

 

「いえっ! 失礼しました!」

 

 

 海兵の片割れが雷に打たれたように身体を震わせ、姿勢を正して頭を下げた。海軍の将官を前にしても、ここまで硬くはならないだろうという程の緊張ぶりだ。

 

「お、おい?」

 

「いいから行くぞ!」

 

 

 もう片方の海兵は、このまま引き下がって良いものかと躊躇っている様子だったが、エリカに頭を下げた海兵が相棒を車に引きずり込み、慌てて車を発進させた。エリカは一つ鼻を鳴らすと、車の行き先には目もくれずシートに戻っていく。

 

「エリカ。あの軍人さんたちは、さっき言っていたお弟子さん?」

 

「うん、そう。あたしの顔、忘れてなかったみたいね」

 

 

 隣の席に腰を下ろしたエリカに、深雪が笑顔で話しかけた。エリカの満足げな表情に、深雪は笑みを深めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティルトローター機が離陸し、水平飛行に移ったところで、深雪がエリカに顔を向けた。

 

「ところでエリカ、何故あの子を庇ったの?」

 

「気付いてたんだ」

 

 

 チラリと後ろへ目を向けた深雪。その問いかけにエリカがニンマリと笑みを浮かべると、深雪もにっこりと笑った。

 エリカが席を立つ。幹比古や美月の「何?」という視線には構わず足を進め、エリカは客室の後方にあるトイレの前に立った。

 

「もう出てきて良いわよ」

 

 

 エリカがトイレの中に優しく呼びかける。

 

「出てきなさい。大丈夫だから」

 

 

 更に優しい声で、小さな子供をあやすような口調で、もう一度。トイレのドアが、そっと開いた。出てきたのは質素なワンピースを着て長い髪で顔を隠した、小さな女の子。客室を驚きが満たす。

 少女の姿が予想外だったのか、エリカと深雪もその例外ではなかった。ドアに縋りつく少女は、明らかに怯えていた。それにいち早く気づいたエリカが、少女に優しく微笑みかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無人運転の電動コミューターで、真由美と摩利がVTOLポートに駐まった七草家の自家用機に戻ってきた。それは奇しくも、北山家の物と同じ型の機体だった。

 真由美の姿を認めたのか、ハッチが開きタラップが下りる。乗機する二人と、女性パイロットが出迎えた。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 

「ただいま、竹内さん。『お客様』は来なかった?」

 

 

 恭しく一礼する女性パイロット、竹内に真由美が応えを返し、すぐに尋ねた。

 

「お嬢様が仰っていた『お客様』はお見えになりませんでした」

 

「そう……」

 

 

 竹内の回答に、真由美が肩を落とす。

 

「その代わり基地の海兵が二人、押しかけてきました」

 

 

 竹内が苦々しい表情を浮かべているのは、真由美に気を遣ってのことか、それとも海兵の横柄な態度が不快だった所為か。

 

「病院を抜け出した患者を探しているという名目でしたが、お嬢様が仰っていた調整体魔法師の少女を探しに来たのでしょう。一通り機内を案内した所、納得して帰って行きましたが」

 

「そう……やっぱり、探しに来るわよね。海軍とトラブルにならなかったのは運が良かったと言うべきかしら」

 

 

 真由美の、自分に言い聞かせるようなセリフを受けて、摩利が口を挿む。

 

「しかし、その『九亜』とかいう女の子はいったい何処へ行ってしまったんだ? 合流するはずだった場所には結局来なかったようだし……もう捕まってしまったのではないだろうな」

 

「今も捜索隊らしき人たちがターミナルビルをうろうろしていたから、まだ捕まっていないと思うけど……一人で心細い思いをしているだろうし、早く見つけてあげないと……」

 

「お嬢様、私に一つ、心当たりがあります」

 

「えっ、何?」

 

 

 真由美が竹内に目を向ける。竹内の顔は、単なる気休めを言おうとしているようには見えない。真由美の瞳に、希望の光が点った。

 

「つい先ほどまで、当機と同型の機体がおよそ百メートル、ターミナルビル寄りに駐機していました。機体の見分け方をよく知らない者なら、乗り間違えてしまう可能性は高いと思われます」

 

 

 竹内の意見は、真由美にも大いにありそうなことと思われた。

 

「それ、何処の飛行機か調べられる!?」

 

「簡単ではないと思います。ここは軍が管理する空港ですので……少々、お時間をいただければ、あるいは」

 

「それでも構いません! お願いします!」

 

 

 藁にも縋る気持ちで、真由美が叫ぶ。

 

「かしこまりました」

 

 

 竹内は一礼して、管制塔に今日の発着データを照会する為、操縦席に戻った。




エリカがお姉さんしてたな……

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