媒島の別荘では、達也が割り当てられた自室で、使ったばかりのムーバル・スーツを、異常が生じていないかチェックしていた。
「(まさか千キロ近い長距離飛行のテストをさせられるとは思って無かった……)」
送る、と言われたのでてっきり飛行機で送ってもらえると思っていたが、力の封印を解除した状態であることをこれ幸いと、百里基地からここまでムーバル・スーツで飛んで帰るように命じられたのだ。データを取るための輸送機が横を飛んでいたので、万が一力尽きても遭難する不安は無かったが、これを送ったと表現して良いのか達也には分からなかった。
「(だが、この程度の距離なら何とかなるものだな)」
無茶な指令に不満はあったが、達也自身としても収穫はあった。彼の実感としてこの二倍、二千キロ程度までなら戦闘行為に支障なく翔破する自信があった。――彼の膨大な想子保有量があっての事で、一般的な兵士の運用に適用できるなどと勘違いはしていなかったが。
「(やはり、飛行中の対探知性能の引き上げが、急を要する課題か)」
ムーバル・スーツを一通り点検し終えたところで、達也は接近するプロペラ音に気付いた。深雪を乗せた飛行機が近づいている。予定より早いな、と思いながら、達也は皆を出迎える為に立ち上がった。
別荘の横に作られた大型のヘリポートにティルトローター機が着陸する。長いスカートが絡まないよう両手で軽くつまみ上げてタラップを降りた深雪が、地面に足を下ろすなり達也の許へ駆け寄った。
「お兄様、お戻りだったのですね」
「一時間くらい前にね」
弾む声と笑顔を達也に向ける深雪。達也も愛おし気な笑みを深雪に返した。
「深雪たちこそ、予定より随分早かったな」
達也がそう言って飛行機に目を向けるとちょうど、小さな少女の手を引いてエリカが降りてきたところだ。
「あっ、達也さん!」
「戻ってたんだ。お疲れ様」
達也が何か言うよりも早く、続いて出てきたほのかがタラップの上で声を上げ、エリカも達也に話しかけた。
「ああ。それで、その子は?」
達也はエリカの言葉に頷き、彼女の陰に隠れようとしている小さな少女に目を向け、そう尋ねた。
別荘のリビングに達也たち八人と例の少女が座っている。エリカたちもまだ、彼女が何者なのか聞いていない。それを知るために集まっているのだ。少女の左右にはエリカとほのか。達也は少女の正面。達也の隣には深雪。
ヘリポートでは達也の視線を怖がっている風だった少女だが、今はジュースやクッキーに気を取られているようだ。無造作に伸びた前髪で表情が良く分からないが、欲しがっている、といより珍しがっている、というように見える。ほのかに勧められて恐る恐るストローに口をつけた少女が、すぐに夢中でジュースを飲み始めた。
空になったコップを持って、少女が左右に顔を向ける。「これは何?」という疑問を覚えているような仕草だったが、達也と目が合うと、少女は明らかに怯えた態度でエリカに縋りついた。エリカは苦笑いを浮かべながら少女の頭を撫で、コップを彼女の手からそっと抜き取ってテーブルに置き、これ以上怖がらせないよう気を付けて声をかけた。
「ええと……貴女の名前は?」
「九亜、です」
たどたどしい口調で九亜が名乗る。頼りない喋り方は小学生の、しかも低学年のようだが、声自体はそれ程幼くなかった。
「片仮名でココア? 歳は幾つ?」
「数字の九に、亜細亜の亜。年は十四歳、です」
九亜の答えに、主に女性陣が驚きの表情を浮かべた。
「十四歳!?」
「……もっと小さな子だと思ってました」
雫が思わず、という感じで声を漏らし、美月が率直な意見を口にする。ただ彼女の感想は言葉が不足している。九亜の身長は十歳児並みだ。体重は十歳児の平均よりも少ないだろう。身体が小さいから、それに見合ってもっと幼いと思っていた、というのが美月の言いたい事であり、皆の驚きだった。――なお「主に女性陣」だったのは、レオや幹比古は女の子の平均的な体格を知らなかったであり、達也は破壊工作に投入される少年・少女兵のデータを記憶していたが、彼は易々と驚きを露わにしないからだ。
何とか驚きを呑み込み、エリカは質問を再開する。
「九亜は海軍基地から逃げてきたってことで、合ってる?」
九亜はいったん頷いたが、すぐに首を横に振った。
「基地の、研究所」
「基地の中にある研究所から逃げてきたのね? 何の研究所か分かる?」
「魔法の研究所、です」
九亜の答えに、ほのかが意外感を超えに出した。
「えっ? 九亜ちゃん、魔法師なの?」
「魔法師?」
九亜が首を傾げる。彼女は明らかに「魔法師」という言葉の意味が分かっていない。これは逆に、ほのかと雫、レオと幹比古、(九亜を挟んで)エリカと美月が「どういうこと?」という表情で顔を見合わせた。
「魔法師というのは、魔法を使える人の事よ。九亜ちゃんは魔法師ではないの?」
困惑をいち早く脱してこう尋ねたのは深雪だった。
「私たちは『わたつみシリーズ』と呼ばれていた、です」
深雪の問いに、九亜は首を傾げたままこう答えた。
「……お兄様」
「ああ。調整体、なのだろうな」
深雪が沈鬱な面持ちで達也の顔を見上げ、頷く達也も陰鬱な表情になっていた。
このシーンは可愛かった