劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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みんな優しいから


助けて欲しい

 全員が深刻そうな顔をしている中でも、九亜はその意味が分からずエリカにしがみついていた。そんな九亜の頭を優しく撫でながら、エリカは視線で達也に説明を求めた。

 

「複数の魔法師の魔法演算領域を強制的にリンクさせて大規模な魔法式を構築する。大戦中にそんな研究が行われていたという噂がある。おそらく、その研究を復活させたのだろう」

 

 

 普通、一つの魔法を複数の魔法師で協力して発動する事は出来ない。古式魔法には、複数の術者で一つの大規模魔法を編み上げる魔法儀式が存在するが、大戦中に研究されていた技術はこれとも異なり、一人の魔法師がイニシアティブを取り、他の魔法師の魔法演算領域を外付けの魔法演算装置として利用する事で、巨大魔法式を構築するというものだ。外付けの記憶装置としてではなく、演算装置として利用するのだから、魔法式構築中、利用される側の精神が利用する側から一方的にアクセスを受けるのではなく、利用する側も利用される側から頻繁にアクセスを受ける事になる。

 達也が説明を終えると、全員の顔が厳しいものになり、幹比古が憤慨したように呟いた。

 

「無茶苦茶だ……そんなことをして、術者の精神が無事でいられるはずがない」

 

「そうだな。幸い、取り返しのつかない段階には来ていないようだが……」

 

 

 達也の視線を感じて、九亜がエリカの服を掴む手に力を込めた。まだ、好き嫌いの主体的な感情を残している証だ。

 

「九亜、これからどうしたい?」

 

「九亜ちゃん、私たちに、何かしてほしい事はある?」

 

 

 九亜は深雪ではなく、自分が縋りついているエリカの顔を見上げた。

 

「助けて欲しい……です」

 

「安心して。ここで放り出すような真似はしないから。最後まで、きちんと助けてあげる」

 

「ううん。私たちを、助けて欲しい、です」

 

「私たちって……」

 

 

 九亜の真意を測りかね、すぐに答える事が出来なかったエリカに、達也が助け船を出した。

 

「他の八人も研究所から助け出して欲しい、ということだな?」

 

 

 エリカの服に顔を埋め達也の視線から逃れるような仕草を見せながらも、九亜は確かに、達也に向かって頷いた。達也がぐるりと一座を見回した。ほのかと美月が懇願するような眼差しを達也に向け、レオは腕を組んで目を閉じ、幹比古は指を組んだ自分の両手を凝視している。エリカは鋭い視線で、深雪はまっすぐな眼差しで、達也の言葉を待っている。

 

「海軍の秘密研究所から調整体を脱走させるとなれば、海軍と事を構える事態になりかねない。いや、その可能性が高いだろう」

 

 

 達也が厳しい、現実に沿った予測を口にする。

 

「……それでも、何とかしてあげたいです!」

 

「ほのかがやるのなら、私もやる」

 

 

 真っ先に答えたのはほのかで、それに続くように雫も口を開いた。

 

「覚悟を問われちゃ、逆に引き下がれないわね」

 

「俺も手を貸すに一票だ」

 

 

 エリカが不敵な笑みを浮かべ、レオが似たような表情で笑った。顔を上げた幹比古は、毅然とした表情を浮かべていた。

 

「僕は海軍と敵対しても構わない。だけど、柴田さんや北山さんや光井さんを危ない目に遭わせるのは賛成できない」

 

「あら、私は構わないんですか?」

 

「ええっ!?」

 

 

 深雪が幹比古をからかうような事を言ったのは、彼が見るからに力み過ぎていたからだろう。その効果は覿面で、何と答えていいか分からず激しく焦る幹比古の顔から、悲壮感が消えていた。

 

「……そりゃそうよ。深雪の方がずっと強いじゃない」

 

 

 こういう場面で余計な事を言わずにいられないのは、エリカの、誰かと共通する性だろう。

 

「エリカ、何か言いたい事でもあるの?」

 

「いいえ~、何にも~」

 

 

 深雪がにこやかで剣呑な笑顔をエリカに向けるが、エリカは恍けた。何処までも、白々しく。恐らくこの対応が正解だろう。

 二人のやり取りを見て、幹比古はただオロオロするばかり。深雪が幹比古に顔を向けて、クスッと笑った。

 

「冗談ですよ」

 

「あ、あはぁ、そうですよね……」

 

「吉田くん、私は大丈夫ですから、九亜ちゃんの力になってあげてください」

 

「柴田さん……うん、わかったよ」

 

 

 幹比古が力強く頷く。さっきとは違って、芯に力が篭った表情だった。それを見て深雪は表情を改めて、達也に向き直った。

 

「お兄様。私も九亜ちゃんたちの力になってあげたいと思います」

 

 

 何処までも、真摯な口調。妹の脳裏には、自分が思い出している女性と同じ顔が浮かんでいる。口で説明されなくても、深雪の眼差しだけで、達也はそれを理解した。

 二〇九二年の夏。沖縄で散った、あの女性。自分に残された感情が、わずかながらも反応した女性。彼女も調整体だった。境遇は、九亜とはまるで違う。だが彼女の悲劇と、九亜を呑み込もうとしている運命は、本質的に同じだ。達也はそう感じていた。

 彼はもう一度、友人たちの顔を見回した。妹の表情を見直した。不安は、窺い見る事が出来る。だが、迷いは見られない。

 そして九亜が、達也の視線に怯えながら、それでも目を逸らさず、彼の答えを待っている。

 

「分かった。何とかしよう」

 

 

 達也の心も、既に決まっていた。

 

「何だろう……達也くんが『何とかする』って言うと、本当に何とか出来そうな気がするのよね」

 

「そりゃ達也だからな」

 

「お前ら、楽観視し過ぎだ」

 

 

 既に解決ムードになったエリカとレオに、達也は一段と鋭い視線を向け、二人はそろって肩を竦めたのだった。




達也が動けば何とかなる気がする

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