劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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原作ではまた調整体の命が危険にさらされてますが……


軽い気持ちじゃない

 食事が終わり、レオと幹比古は風呂に行っている。達也は「少し涼んでから入る」と断って、バルコニーの椅子に座り夜の海を眺めている。そこへ、片づけを終わらせた黒沢がやってきた。

 

「司波様、お話しというのは?」

 

 

 達也に声をかけた黒沢は、側に立ったままだった。達也が椅子を勧めても頑なに座ろうとはしなかったので、達也は自分も立ち上がり黒沢に話し始める。

 

「九亜の仲間を助け出した後、師族会議が結論を出すまで、九亜を含めた調整体魔法師を北山家で預かっていただきたいのですが」

 

「それはもちろん構いませんが、何故雫お嬢様ではなく私にそれを?」

 

「雫は、多分深く考えなく引き受けたでしょうから。海軍の秘密研究に関わっていた調整体魔法師を預かるということは、お父上の仕事に影響するかもしれないという事に気付かなかった可能性があります。ですが、黒沢さんなら一歩引いたところから今回の件を見る事が出来るでしょうし、北山家に損失をもたらすかもしれないという事をしっかりと考えて結論を出せると思ったからです」

 

「そうでしたか。確かに雫お嬢様は、九亜様と楽しそうにしておりますから、そのお仲間を引き受けて欲しいと司波様から頼まれれば、二つ返事で引き受けたでしょうね。ですが、例え海軍と事を構える事になっても、北山家はその程度では揺らぎません。私からご主人様にお願いしておきましょう」

 

「お願いします。出来るだけ面倒に巻き込まれないようにしますので、師族会議の決定まではお願いします」

 

「かしこまりました」

 

 

 雫にするように恭しく一礼した黒沢は、達也にニッコリと微笑みかけて別荘内に戻っていく。黒沢が戻ったのを見ていたようなタイミングで、女の子同士のお喋りを楽しんでいるはずの深雪がリビングから出てきた。深雪はすぐに達也の許へ歩み寄るのではなく、立ち止まって達也の背中を見詰めている。達也は深雪がやってきた事に気付いていたが、あえて声はかけなかった。

 やがて深雪が逡巡を振り切り、達也に話しかけた。

 

「お兄様……お邪魔してもよろしいでしょうか」

 

「構わないよ。ここへお座り」

 

 

 達也が隣の椅子を引き、深雪に勧める。達也の隣に腰を下ろした深雪は、何と切り出すか迷った挙句、今更な事を口にした。

 

「あの、そういえば、封印は如何致しましょうか」

 

「この件が片付くまで、このままにしておく」

 

「承知致しました。あの……」

 

「明日、魔法協会と霞ケ浦基地に行ってくる」

 

 

 深雪が何事か言い難そうにしているのを察して、達也の方から話を進めた。

 

「はい……」

 

 

 深雪が意識せず、リビングに目を向ける。達也も、楽しそうにお喋りしている九亜に視線を向けた。

 

「……やはり、海軍との衝突は避けられませんか?」

 

 

 達也に向けられた深雪の眼差しは、不安げに揺れていた。

 

「九亜ちゃんを助けたいというのは、無謀だったのでしょうか」

 

「同情ではあっても、軽い気持ちじゃないだろう?」

 

 

 達也は少しも考え込む事無く、そう尋ね返した。

 

「それは……」

 

 

 深雪の中にあの女性、桜井穂波の記憶が蘇る。母親の「ガーディアン」として、幼いころから共にあった女性。優しい姉のように、深雪を愛してくれた女性。彼女と過ごした、最後の日々の思い出が脳裏に描き出される。じゃれ合うようにして身体の隅々まで日焼け止めを塗られた記憶。気が進まないパーティーの支度をしている最中に、背中を押してもらった記憶。避難した基地で、叛乱兵の銃弾から庇われた記憶。そして自分の我が儘で――兄を助ける為に、死なせてしまった記憶。

 

「――そのつもりです」

 

 

 自分が九亜を穂波と重ねているのは、深雪も自覚している。それでも、いい加減な気持ちで九亜を助けたいと言っているのではないと、深雪は自分に対して、自分が決して裏切ることの出来ない達也に対して、断言出来た。

 

「俺も、あの子の事を見捨てられなかった」

 

 

 達也もまた、二〇九二年八月の出来事を思い出していた。穂波を自分の目の前で死なせてしまった、あの夏の日の事を。

 

「調整体に対する過度の同情心から、冷静さを欠いているということは分かっているんだが」

 

 

 肘掛けに置かれた達也の手の甲に、深雪が掌をそっと重ねる。

 

「……お兄様にとっても、それは決して悪い事ではないと思います」

 

「……そうだな」

 

 

 優しい目で深雪に頷き、達也は水平線の先の夜空を見詰めた。彼の目は夜の海と星空を見ていたが、意識は南盾島の海軍基地に向けられていた。

 

「……九亜達の事を別にしても、気になる点がある。海軍はいったい、何の実験を行っているのか。人間を内部に収容する巨大なCADを使用し、九人の貴重な調整体を使い潰す形で秘密裏に進められている魔法実験」

 

 

 達也の瞳が、鋭い光を帯びる。

 

「これを放置してはならない。殆ど根拠のない直感のようなものだが、そんな気がする」

 

 

 達也の声は、夜空に吸い込まれていったが、すぐ隣で聞いている深雪にははっきりと聞こえていた。

 

「お兄様がそう仰るのでしたら、間違いなく放置してはいけない事なのでしょう。例え海軍と全面戦争になろうと、深雪は最後までお兄様の味方です。それに、エリカたちも」

 

 

 リビングでお喋りしていたエリカが、丁度こちらを見て目が合ったので手を振っている。達也は軽く手を上げてそれに応えてから、深雪の言葉に頷いたのだった。

 

「ところで、先ほど黒沢さんと何かお話しになられていた様子でしたが、いったい何の話だったのですか?」

 

「九亜たち調整体魔法師を、一時的に北山家で預かってもらえないかという話だ」

 

「そうでしたか」

 

 

 何故かホッとした深雪を見て、達也は首を傾げるのだった。




海軍と全面戦争になっても、達也がいれば勝てるとは思うが

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