劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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集まるのは無理なので


緊急師族会議

 京都の魔法協会本部と横浜の魔法協会関東支部には、十師族専用の会議室が設けられている。集会にもテレビ会議にも対応している部屋だ。定例の師族会議以外で十師族の当主が一堂に会する事は難しいので、主にテレビ会議室として使われている。

 二〇九六年三月三十日、関東支部のその部屋で、急遽十師族当主によりテレビ会議が開催された。開催の一時間前に召集されるという無理なスケジュールだったにも拘らず、全員がカメラの前に顔をそろえているのは、議題の緊急性を全員が理解していたからだ。

 

「……以上が、第一高校の司波達也殿から魔法協会に提出された訴えの内容です」

 

 

 十文字家当主代理、十文字克人は一人だけ関東支部に出向いてテレビ会議システムのセッティングを行った。その流れで、彼が進行役を務めている。

 

『調整体九人を同時に投入する大規模魔法か……戦略級魔法なのだろうか』

 

 

 克人の説明を聞いて、最年長の九島真言が「信じられない」という口調で呟く。

 

『戦略級魔法でなくても、それに準じる威力を持つ魔法でしょうな。そうでなければ、海軍が軍の規則を明確に破ってまで秘密研究を進めるとは思えない』

 

 

 三矢元の推測は、もたらされた情報からほぼ自動的に導き出されるもので、反論の言葉は無かった。

 

『魔法の威力より、軍の規則を破っているという点が問題ではないでしょうか』

 

 

 二木舞衣の提言に、賛同の声が上がる。九島真言と三矢元も、特に反論しなかった。

 

『今回は国防軍が魔法師の人権を保護する規則を破っているわけですが、これを見過ごしては十師族の存在意義を問われる事態に発展しかねません』

 

『七草殿には何かお考えでも?』

 

 

 七草弘一の持って回った発言に、六塚温子がその真意を尋ねる。

 

『まったくの偶然ですが、長女が旅行で父島に滞在しています。事実関係を明らかにする為、娘を魔法協会の代理人として南盾島基地に派遣させてもらえないでしょうか。もし司波達也君の訴えが事実だったら、その調整体の少女たちを当家で保護したいと思うのですが』

 

『お嬢様はまだ十八歳だったと記憶しておりますが?』

 

 

 弘一がそう言い終えた直後、四葉真夜が口を挿んだ。

 

『ええ、真由美は十八歳ですが、それが何か?』

 

『十八歳未満というのはあくまでも国防軍の規則です。法的にはまだ、未成年ですわ』

 

 

 過去、成人年齢は一旦十八歳に引き下げられたが、二〇七〇年代に再度二十歳へ引き上げられている。これは二十年群発戦争で成人年齢の引き下げにより若年兵が大量動員された事への反省で、世界的な傾向だ。戦時中に十六歳まで引き下げられた成人年齢が、戦後一気に二十五歳まで引き上げられたという極端な例もある。

 

『当主代行を務めていらっしゃる十文字殿ならばともかく、未成年のお嬢さんを陰謀が行われているかもしれない軍の基地に派遣するのは如何なものでしょうか』

 

 

 真夜の言葉に、画面の中で頷く顔が複数見られた。

 

『それに、助け出した調整体の女の子の処遇をどうするかは、彼女たちの状態を把握した上で決めるべきだと思いますが。今決めてしまうのは、性急かと思われます』

 

『宜しいでしょうか』

 

 

 五輪勇海がわざわざ発言の許可を求めた。

 

『四葉殿のご指摘は、もっともだと思います。しかしその一方で、七草殿が仰ったように、これが今すぐにでも対処すべき案件であるのも間違いないと思います』

 

『確かにそうですね。では、どなたに行っていただくかが問題という事になりますが』

 

「では、私が」

 

 

 八代雷蔵の言葉に、克人が応じた。

 

「この場にいる私が、最も早く動けると思います」

 

『そうですね。十文字殿であれば、お任せしても全く問題ないと思いますわ』

 

 

 真っ先に真夜が支持を表明する。

 

『そうですね。十文字殿ならば』

 

『私も、お任せして良いと思う』

 

『魔法協会から一任をもぎ取る上でも、支部においでの十文字殿が適任でしょう』

 

 

 克人の申し出に対する反対の声は、上がらなかった。

 

「では、私が南盾島へ向かうという事で」

 

 

 克人の言葉でテレビ会議は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テレビ会議を終えた真夜は、ハンドベルで葉山を呼び出してお茶を用意させた。

 

「奥様、何やら楽しそうですな」

 

「分かる? 七草のタヌキオヤジを出し抜いたから、ちょっと機嫌がいいのよ」

 

「出し抜いた、でありますか?」

 

 

 真夜の言葉に、葉山は少し驚いたような表情を浮かべた。否、少ししか驚かなかった。

 

「海軍の秘密研究員の一人から、調整体の保護を求められているのを隠したまま、自分たちが正義の側に立とうとしてたから、それを妨害してあげたのよ。そもそも、私たちが動くよりも先に、たっくんが動くでしょうけど」

 

「達也殿は既に動いているのではありませんか?」

 

「そうみたいね。封印は解いたままだから、本気のたっくんが見られるかもしれないわね」

 

「既に片道千キロ飛行を二回成功させている時点で、達也殿の魔法力は我々では太刀打ちできないものであると証明されているとは思うのですが」

 

「一度見下した人間は、相手が真価を発揮しても受け入れられないものよ。それよりも、件の調整体の少女たちがたっくんに魅了されないか心配だわ」

 

 

 ついつい本音が零れた真夜の姿を見て、葉山は実に楽しそうに笑った。

 

「どうしたの、葉山さん?」

 

「いえいえ、奥様が楽しそうで何よりでございます」

 

「これでも結構本気で悩んでるんだけど?」

 

 

 頬を膨らませて抗議する真夜を、葉山は孫娘を見るような優しい視線で見つめたのだった。




真夜さんが楽しそうで何より

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