劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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いきなり銃を突きつけるとか……


招かれざる客

 エリカたちが桟橋に着いたのは、小型艇がちょうど接岸しようとしていた時だった。ただし一隻だけ。もう一隻は入り江の出口を塞ぐ位置に浮かんでいる。

 

「今日は昨日みたいに都合よくいかねぇと思うぜ」

 

 

 レオが小声でこう言ったのは、昨日押しかけて来た海兵がエリカの道場の元門人だったことを指している。

 

「最初から当てにしていないわ」

 

 

 エリカの返答に強がりは見られない。だが、停止した小型艇の乗組員が取った行動には、エリカも平静ではいられなかった。

 いきなり四つの銃口がエリカとレオに向けられた。船の前後から上陸した兵士が、二人を囲むようにして更に自動小銃を向ける。

 

「君たちに危害を加えるつもりはありません」

 

 

 一人だけ野戦服を着ておらず、自動小銃も構えていない黒服・黒眼鏡の青年が、落ちついた声でエリカとレオにこう告げた。青年も兵士も冷静に見えるが、だからと言って引き金が引かれない保証はない。エリカもレオも無駄口を控えて、相手の出方を窺っていた。

 

「実は南盾島の病院から特殊な患者が脱走しましてね。こちらに保護されているという情報を入手したのですが、引き渡していただけませんか」

 

「特殊な患者、ね……」

 

 

 エリカが半笑いの声で呟く。海軍はあくまでも「特殊な患者」で押し通すつもりなのか、と呆れたのである。そんなエリカのセリフに、黒眼鏡の眉がピクリと震えた。

 

「ここには病人なんていないぜ」

 

 

 この男、意外に沸点が低いらしいと考えたレオが、エリカの呟きをかき消すように大声で答えた。無論それで、エリカの小馬鹿にしたような態度が無かったことになるわけではないが、とりあえず黒眼鏡の青年、武田少尉の暴発を先延ばしにする効果はあった。実質的な意味は無かったが。

 

「と言われましても、こちらも確かな筋からの情報でなので。探させてもらいますよ」

 

「ならその情報提供者を教えてもらおうかしら? 再三無線で忠告したと思うけど、ここは私有地なの。いくら海軍だろうが不法侵入は成立するし、いきなり銃口を向けてきたんだから、それくらい聞く権利はあると思うんだけど?」

 

「そんなもの、教えられるわけがないでしょうが」

 

 

 武田の言葉を合図にして、船内で銃を構えていた四人が桟橋に駆け上がる。六つの銃口の内、四つの狙いが揺らいだその瞬間。

 

「パンツァー!」

 

 

 レオが吼えた。単にCADを起動するだけの音声コマンドで、それ自体には何の魔法的効果も無い咆哮だが、兵士を一瞬竦ませる。その隙にエリカが腰の後ろに差していた伸縮警棒を抜いた、術式補助刻印の効果で極短時間強度を増した警棒が、エリカに向けられた銃口を払う。その衝撃に兵士は思わず小銃を取り落とした。

 別の兵士が銃の引き金を引き、エリカに銃弾が放たれる。だがレオがその射線に割り込み、魔法で硬化した服が鎧となって銃弾を撥ね返した。

 彼がこの南国であえて長袖、長ズボンを着ていたのは、日焼けを避けるためではなく、こういう事を想定しての事だったのだ。

 

「レオっ!」

 

「おうっ!」

 

 

 エリカはレオの名前を呼んだだけだが、レオは細かい説明を必要としなかった。エリカとレオは同時にジャンプする。突如海面から蛇が鎌首をもたげた。

 幹比古の古式魔法『水大蛇』。現代魔法ではこのような無生物を生物に擬態するプロセスを力と時間の無駄遣いとして排除しているが、古式魔法では形を与える事により力の方向性を強める効果を重んじている。蛇の形を模す事で、蛇の動作を再現する。

 跳びあがったエリカとレオの足の下を、海水で出来た大蛇の胴体が薙いでいく。海兵は単に足を取られただけでなく、押し包む衝撃で足の骨が折れている。例外は船上に残った武田少尉だけだった。

 水の大蛇が通り過ぎた後の桟橋に、エリカとレオが着地する。二人はそのまま小型艇に飛び乗ろうとしたが、武田少尉の手首で起動式が展開されたのを見て、レオがエリカの前に出た。

 激しい閃光が二人を襲う。両腕で顔を庇ったレオの胴体に拳銃の弾が撃ち込まれたが、レオの硬化魔法を貫通出来ずにひしゃげた。

 エリカがレオの背後から飛び出て小型艇に乗り込むのと、武田少尉が海上に脱出したのは殆ど同時だった。頭上にヘリのローター音が迫る。武田少尉の逃走を援護すべく高度を下げたヘリは、機銃の銃口を桟橋に接岸した小型艇に向けていた。それに気づいたエリカが桟橋に飛び戻り、レオが再び彼女を背中に庇う。

 射撃体勢のヘリに襲いかかったのは、幹比古の雷撃でも真由美の氷弾でも深雪の冷気でもなく、明滅する光の洪水だった。

 催眠効果を持つ光のパターンで相手の視界を覆う術式。洗脳用の魔法『イビル・アイ』の効果を「相手を眠らせる」ことに限定する代わりに、射程距離を延ばし複数同時照準を可能にした魔法『ヒュプノ・アイ』。達也が考案したほのかの強制睡眠魔法によって射手は意識を失い、パイロットは操縦桿を手放してヘリはゆっくりと海面へ落ちる。沖に駐まっていたもう一隻の小型艇が、海面を駆けていった武田少尉を拾って浜辺に突っ込んでくる。どう見ても陸上走行機能は見当たらないが、いったん浜に乗り上げて海に戻す魔法師が乗り込んでいるのだろうか。浜辺に乗り上げた彼らがその後どうするか、それを確認する機会は無かった。




相手が悪かったな

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