劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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すぐに思いつくとは……


処分方法

 桟橋に降り立った達也は、辺りの惨状を見て顔を顰めた。状況はだいたい空から見て把握していたが、同じ目線に立つといっそう際立ったのだ。

 桟橋の浜寄りに停泊する小型艇。これは別に問題ない。だが入り江の中程に転覆して浮いている小型艇と、海面に不時着したヘリ、踏み荒らされた砂浜は、不穏な事態が生じたことをはっきりと示している。

 

「(酷い状況だ)」

 

 

 そう心の中で呟いて、達也は自分に近づいてくる足音に気付く。視線を向けた時には、特に表情を意識せずとも達也は自然に笑みを浮かべていた。

 桟橋を、軽快な足音を立てて深雪が小走りで近づいてくる。達也の前で立ち止まり、手と足を揃えて背筋を伸ばしたままお辞儀する。

 

「お帰りなさいませ、お兄様」

 

「ただいま。七草先輩が来ているのか」

 

「はい。それと……招いていないお客様が」

 

「まだ帰っていないのか」

 

「はい……」

 

 

 達也が意外感をのぞかせて尋ね、深雪は困惑の表情で頷いた。

 

「分かった。七草先輩に頼みたい事もあるし、そちらの話も別荘の中で聞こう」

 

 

 達也が別荘に向かって歩き始める。深雪は「はい」と応えて、腕と腕が今にも触れそうな距離で彼の隣に並んだ。

 

 

 

 

 

 別荘のエントランスロビーには九亜、黒沢、二機の飛行機のパイロットを含めた全員が揃っていた。達也が軽く顔を顰めたのは、素人にはあまり聞かせたくない話をするつもりだったからだ

 

「それで、何があったんですか?」

 

 

 彼は一先ず状況を確認する事にした。説明役を買って出たのは真由美で、それに深雪と幹比古が補足を入れ、細かい部分については達也の方から黒沢やエリカに質問する。それでも、襲撃の全体像を掴んだとは言い切れない、と達也は感じた。

 

「襲ってきた連中は今何処に?」

 

「バルコニーの下の砂浜にテントを張って、そこに縛って埋めてあるよ」

 

「埋めた?」

 

 

 幹比古の説明に達也が思わずそう聞き返したのは、当然と言えるだろう。

 

「首だけ出して、後は砂の下にな」

 

「波打ち際じゃないんだから、人道的でしょ。わざわざ日除けも作ってあげてるし」

 

 

 それまで黙っていたレオとエリカが、どことなく自慢げに言う。「埋めた」首謀者が誰なのか、確かめるまでもなかった。

 

「見張りを立てる必要も無いじゃない?」

 

「……まぁ、良い」

 

 

 エリカがウインクしながら言うと、達也は投げやりに頷いた。埋める程度では魔法師を閉じ込めておけないのだが、監視カメラを置くくらいの事はしているのだろう

 

「訊問はしてみたか?」

 

「一応な。だが、何も喋らなかった」

 

 

 達也の質問に、摩利が答える。

 

「自白剤は使わなかったんですか?」

 

「……そんな物は持っていないぞ」

 

「先輩なら、すぐに作れるでしょう?」

 

「……達也くん。君はあたしのことを何だと思っているんだ?」

 

 

 無論達也は、思っている事を馬鹿正直に答えたりしなかった。

 

「睡眠薬なら作れますか?」

 

「睡眠薬というか、睡眠香ならば手持ちの香水でも作れるが……」

 

 

 いきなり質問の方向性を変えられて、摩利はつい、正直に答えてしまう。

 

「では、早速お願いします」

 

「……何をだ?」

 

 

 摩利は今更、警戒感をあらわにしてそう尋ねる。

 

「まずはその者たちを処理しましょう」

 

「殺しちゃうの?」

 

「いや」

 

 

 平然と物騒な質問をしたエリカに、達也はあっさり「否」を返した。まぁ、エリカの方も冗談だったのだろうが、そんな事を平然と聞くものだから、九亜だけではなく、ほのかと美月も一瞬顔をこわばらせたのだった。

 

「どうなさるおつもりですか?」

 

「船に乗せて流す」

 

 

 深雪の質問に、達也はもったいぶることなく答えた。

 

「でも、転覆してるよ?」

 

「もう一隻あるだろ。というか、沈めたのは雫だったのか」

 

 

 達也が呆れた感じで呟くと、雫は明後日の方に視線を彷徨わせた。

 

「まぁいい。桟橋に泊まっている方はすぐに使える状態だ。そっちに全員を眠らせた状態で乗せて、自動操船で沖に向かわせる。すぐに見つかるだろうが、残った船とヘリを消しておけば、少なくとも罪に問われる事はないだろう。海軍も一般人を襲撃したなどと知られたくないだろうし」

 

 

 達也は襲撃犯の素性を当たり前のように海軍所属と決めつけたが、疑問や反論の声は上がらなかった。九亜の事を「軍の脱走者」と言ったのだ。鎌をかけても言質は取れなかったが、海軍の関係者であることは明らかだった。

 

「証拠隠滅というわけか。だが、ヘリと小型艇をどうやって処分する?」

 

「そこは任せてもらえますか」

 

 

 摩利の質問に、達也は具体的な答えは返さなかった。摩利がそれで納得したようには視えなかったが、他の魔法師の手の内を詮索するのはマナー違反だ。詳しく問い詰めたりはしなかったが、真由美は何となく分かってるような表情を浮かべていた。

 

「レオ、幹比古、手伝ってくれ」

 

「おう」

 

「うん」

 

「先輩」

 

「分かった。協力するよ」

 

「他の皆はリビングで待っていてくれ」

 

 

 達也はそう言って、摩利、レオ、幹比古と共に玄関から出ていった。

 

「帰ってきて早々、頼りになるわね、達也君は」

 

「あたしたちだけじゃ判断しかねますからね」

 

「だからって私に聞くこと無いんじゃない?」

 

「だって、深雪なら達也君並みの判断が出来るんじゃないかなーって思ったのよ」

 

 

 満面の笑みでエリカに問い掛けた深雪だったが、その瞳は笑っていなかった。エリカもそれに気づいているので、一切深雪と視線を合わせようとはしなかったのだった。




惚ける雫

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