四人が戻ってきたのは、約二十分後だったこれほど早く済んだのは魔法を駆使したからだ。何をしてきたのか詳細は達也も話さなかったし、深雪も真由美も他の者も聞かなかった。全員の関心は、これからどうするかに集まっていた。
室内には黒沢と二人のパイロット以外の全員が揃っている。全員の目が、達也に向けられた。達也が最初に話しかけたのは真由美だった。
「七草先輩」
「何かしら」
「九亜だけでなく、俺以外の全員を先輩の機で東京へ連れて帰ってもらえませんか」
「達也くん以外の全員を?」
真由美が目を丸くして問い返す。真由美は達也に言われるまでもなく、自分が九亜を東京へ連れて帰るつもりでいた。盛永に九亜の保護を頼まれたのは自分なのだ。途中で思いがけない行き違いが生じて、その所為で深雪たち、特に雫に迷惑をかけた現状は認識している。それでも、最終的に九亜を安全な所へ逃がす役目を譲る気は無かった。
だが達也は、九亜だけでなくこの件に関わった深雪や雫や他の後輩たちも真由美に保護して欲しいと頼んでいる。何故そんな話になるのか理解出来ず、真由美はすぐに返事が出来なかったのだ。
「そうです。それと、雫」
「なに?」
達也は真由美に詳しい説明をせず、短く頷くだけで雫へ視線を移す。戸惑っているのは雫も同じで、彼女の言葉は達也に何かを問うものではなく、反射的に返事したに過ぎなかった。
「北山家の飛行機を少しの間、貸してもらえないか」
「……何に使うの?」
達也の意図が分からず、雫は訝し気な表情で問い返した。
「帰京用に。元々は海軍基地から適当な機体を拝借するつもりだったんだが、貸してもらえるなら手間が省ける」
達也の答えを聞いて、雫は納得したように頷いたが、真由美が警戒を露わにする。
「達也くん、何をするつもり?」
「九亜と同じ立場の女の子が他にも八人いるそうですので」
「その子たちを助け出そうというの?」
達也のセリフは事実を説明するだけのものだったが、言わんとする所は明らかだった。それでも真由美は、念の為にこう尋ねた。厳しい目付きで達也を睨みながら。
「九亜に、約束しましたから」
達也の声に、悲壮な決意とか確固たる意志とか、その手のヒロイズムに酔っている感じはない。ただ約束を履行するという、当たり前の責任感があった。それはヒロイックな陶酔感より、よほど堅固で質が悪いものに思われた。
「君一人でか?」
「ええ、まあ」
摩利が呆れ声で問い、達也はあっさりと答えた。何を当たり前のことを、と言わんばかりに。その答えに、真由美がじっと達也を見詰める。達也は真由美の目を見返すことさえしない。
「……分かったわ」
「真由美?」
達也へ納得と承諾を示す真由美を、摩利が慌てて制止しようとする。達也の意思が動かし難い事は摩利にも理解出来ている。だが九亜の仲間の救出に、自分たちが関わらないことに摩利は納得していない。摩利が何を言いたいのか、真由美にはすぐに伝わった。
「……摩利、私たちが頼まれたのは九亜ちゃんを東京へ連れ帰る事よ。それ以外は、私たちの出る幕じゃないわ」
「あたしじゃ、足手纏いということか」
「違うわ。達也くんとは責任を果たす相手が違うという事よ。私たちが頼まれたのは、九亜ちゃんを無事に逃がす事。これが決して容易な依頼じゃないのは、ついさっき思い知ったはずよ」
「………」
「海軍は九亜ちゃんの所在を確認する前から、私たちに銃口を向けた。もっと高威力の兵器を向ける事も躊躇しないでしょう。九亜ちゃんを逃がす為には、片手間じゃ駄目なの。他の事までやってる余裕は無いのよ」
「……九亜はあたしたちを頼ってここまで逃げてきた。一方、九亜の仲間は、まだあたしたちの手が届く所にいない。あたしたちはまず、今ここにいる九亜に対して責任を果たすべきだと、真由美は言うんだな?」
「そうよ」
「……分かった」
達也は真由美と摩利の会話を聞いて「敵わないな」と感じていた。彼が付け加えるべき言葉は、もう残っていなかった。
「達也さん」
「何だ?」
雫に呼ばれて、達也は振り返りながら尋ねた。
「私も了解。先輩たちと東京に帰る」
「雫っ?」
その言葉に驚きと異議を表明したのは、ほのかだった。
「ほのか、私たちじゃ足手纏い」
しかし雫の短いセリフが、ほのかの機先を制した。
「……それは」
「達也さんは九亜の安全だけを考えているんじゃない。分かるよね?」
ほのかが俯く。そんなことは雫に言われるまでもなく分かっているのだが、それでも達也の力になりたいと思っていたのだろう。だが数秒で顔を上げたほのかは、納得した表情を達也に向けた。
「……分かりました。これから起こることにどれだけのリスクがあるのか、達也さんの方が私たちよりずっとよくお分かりですものね。それに、九亜ちゃんの事が心配ですし、一緒について行くことにします」
「私も、達也さんのご指示に従います。その代わり、九亜ちゃんのお友達をお願いします」
「ああ、任せてもらおう」
ほのかに続いて美月が告げた言葉に、達也は軽く頷くだけだったが、それだけで物凄く頼もしく感じられるのは、彼女たちが達也の実力の一端を知っているからだろう。
だが生憎、達也の友人は雫やほのかや美月のように、聞き分けが良い子ばかりでは無かったのだった。
みんな聞き分け良かったら苦労しないんでしょうが