聞き分けが良い方ではない友達の筆頭のエリカは、達也に挑発的なセリフを叩きつける。
「あたしは足手纏いになんかならないわよ。それに、九亜の仲間は八人もいるのよ。一人で連れ出すのは辛いと思うけど」
「確かに人手がいるよな。俺も残らせてもらうぜ。九亜の事は、先輩たちに任せておきゃ大丈夫だろう。今、手助けが必要なのは、基地の研究所に閉じ込められている残りの八人の方だ」
「リスクは横浜事変の時と変わらないか、あれ以上だぞ」
「あん時も無事に切り抜けたじゃねぇか」
「やれやれ……お前たちは大人しく俺の言う通りにはしないと思っていたよ」
エリカだけでなくレオまで便乗して残ると言い出して、達也は諦めその物を顔に表してため息を吐いた。
「当然でしょ」
「不本意ながら、同感だな」
エリカとレオが二人して得意げな顔をする。達也は再びため息を吐いた。そんな彼に深雪が近寄ったが、彼女の口から出たのは、兄を慰めるセリフでは無かった。
「お兄様、お帰りは雫のお家のヘリを使うとして、そのお留守番をしておく者が必要ではありませんか?」
「いや、留守番と言っても、誰も盗みに来ないだろう」
「それは分かりませんよ。この辺りの海域は全く船が航行しないというわけではないのです。この島だって、雫のお家が丸ごと全部所有しているわけではありません」
「鍵は当然かけておくぞ」
深雪に対する達也の反論は、何処か投げやりだった。それに対して、深雪の声には熱が入っていた。
「どんな鍵も万能ではないとお兄様もご存じのはずです。それに、万が一また海軍が押しかけて来たら、鍵は役に立ちません。すぐに飛び立たなければなりませんでしょ? 他人様の物をお借りするのですから、管理には万全を尽くさなければなりません」
「それはそうかもしれないが」
達也は既に白旗を用意している。それを察してか、深雪が高らかに勝利を宣言する。
「ですから、私がお留守番をして飛行機を見ておきます」
「待ってください。留守番役が必要なら、僕が残りますよ。女の子を一人で残してなどおけません」
「でしたら吉田くん。一緒にお留守番をお願いできませんか? お兄様、それならばよろしいでしょう?」
深雪が両手の指を伸ばしたまま胸の前で組み合わせて、曇りのない笑顔で達也にねだる。達也はついに、白旗を揚げた。
「……分かった。単独行動をされるよりはマシだ。幹比古、巻き込んだみたいで悪いが、よろしく頼む」
「ミキ、深雪と二人きりだからって変な気を起こしちゃ駄目よ。何かあったら美月が悲しむんだからね」
「変な気なんて起こさないよ!」
「まぁ、変な気を起こしたって、痛い目を見るのはミキなんだけどね」
「何で僕がやられる前提なんだよ!」
「だって、ミキが深雪に勝てるわけないじゃん」
幹比古をからかって遊んでいたエリカだったが、この一言は迂闊だった。
「あらエリカ。それはいったいどういう意味かしら?」
「えっと、それは……」
「昨日も似たようなセリフを聞いた記憶があるのだけど?」
深雪の笑顔を前にして、エリカの顔は青ざめ、こめかみに冷や汗を掻いている。この混沌とした状況を横に置いて、雫が不意に訝し気な表情を達也に向けた。
「そういえば達也さん、パイロットはどうするの?」
「俺が操縦する」
「それはマズいぞ!」
「そうよ、達也くん! 達也くんはまだ操縦免許を持っていないでしょう!」
「この僻地で免許を確認されることは無いと思いますが」
「着陸の時はどうするのよ!?」
「基地に着陸しますから、問題ありません」
「認められないわ!」
達也の言い訳に対して、真由美は結論だけを叫び続ける。まさに「聞く耳を持たない」状態だ。
「達也さん、うちのパイロットを残していくよ。大丈夫、彼は元空軍パイロットだから」
状況を打開すべく、雫が代替案を提示するが、達也は気乗りしない様子だった。元軍人とはいえ今は民間人。戦闘に巻き込んでしまう可能性を考えれば、簡単に頷けるはずもなかった。
「と・に・か・く! 無免許フライトなんて絶対に駄目よ! 北山さんの言う通りにしなきゃ、今の話は全部無かったことにするからね!」
「……了解です」
柳眉を逆立てた真由美の剣幕に、達也はまたしても白旗を余儀なくされた。そもそも一人でやるつもりだったので、免許云々を考えてなかったのが達也の敗因だろう。達也が自分の言う事を聞き入れたことで、真由美の表情は穏やかなものに戻った。
「達也、怒られた、です?」
「やろうとしている事がそもそも悪い事だからな」
九亜に同情されて、さすがの達也も情けなさを感じざるを得なかった。そんな空気を読めているのかいないのか、嵐に巻き込まれるのを免れていたレオが、自分の左手に右拳を打ち付けた。「パンッ」という乾いた音が、皆の注意を引き付ける。
「やれやれ、とんだ春休みになりそうだ」
獰猛な笑みを浮かべるレオの表情は、どう見ても「やれやれ」という感じではない。
「何言ってんの。心にもない事を」
そういうエリカもまた、好戦的な笑みを浮かべている。
「頼むから暴走はしないでくれよ? いう事を聞けないなら、お前たちもヘリで送り返すからな」
「はーい」
「分かってるって」
釘を刺した達也だが、二人にはあまり響いていない様子だった。今の達也の表情こそ「やれやれ」という気持ちがにじみ出ていた。
達也の方が大人だな