劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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怒っても怖くないけど


真由美の剣幕

 聞き分けが良い方ではない友達の筆頭のエリカは、達也に挑発的なセリフを叩きつける。

 

「あたしは足手纏いになんかならないわよ。それに、九亜の仲間は八人もいるのよ。一人で連れ出すのは辛いと思うけど」

 

「確かに人手がいるよな。俺も残らせてもらうぜ。九亜の事は、先輩たちに任せておきゃ大丈夫だろう。今、手助けが必要なのは、基地の研究所に閉じ込められている残りの八人の方だ」

 

「リスクは横浜事変の時と変わらないか、あれ以上だぞ」

 

「あん時も無事に切り抜けたじゃねぇか」

 

「やれやれ……お前たちは大人しく俺の言う通りにはしないと思っていたよ」

 

 

 エリカだけでなくレオまで便乗して残ると言い出して、達也は諦めその物を顔に表してため息を吐いた。

 

「当然でしょ」

 

「不本意ながら、同感だな」

 

 

 エリカとレオが二人して得意げな顔をする。達也は再びため息を吐いた。そんな彼に深雪が近寄ったが、彼女の口から出たのは、兄を慰めるセリフでは無かった。

 

「お兄様、お帰りは雫のお家のヘリを使うとして、そのお留守番をしておく者が必要ではありませんか?」

 

「いや、留守番と言っても、誰も盗みに来ないだろう」

 

「それは分かりませんよ。この辺りの海域は全く船が航行しないというわけではないのです。この島だって、雫のお家が丸ごと全部所有しているわけではありません」

 

「鍵は当然かけておくぞ」

 

 

 深雪に対する達也の反論は、何処か投げやりだった。それに対して、深雪の声には熱が入っていた。

 

「どんな鍵も万能ではないとお兄様もご存じのはずです。それに、万が一また海軍が押しかけて来たら、鍵は役に立ちません。すぐに飛び立たなければなりませんでしょ? 他人様の物をお借りするのですから、管理には万全を尽くさなければなりません」

 

「それはそうかもしれないが」

 

 

 達也は既に白旗を用意している。それを察してか、深雪が高らかに勝利を宣言する。

 

「ですから、私がお留守番をして飛行機を見ておきます」

 

「待ってください。留守番役が必要なら、僕が残りますよ。女の子を一人で残してなどおけません」

 

「でしたら吉田くん。一緒にお留守番をお願いできませんか? お兄様、それならばよろしいでしょう?」

 

 

 深雪が両手の指を伸ばしたまま胸の前で組み合わせて、曇りのない笑顔で達也にねだる。達也はついに、白旗を揚げた。

 

「……分かった。単独行動をされるよりはマシだ。幹比古、巻き込んだみたいで悪いが、よろしく頼む」

 

「ミキ、深雪と二人きりだからって変な気を起こしちゃ駄目よ。何かあったら美月が悲しむんだからね」

 

「変な気なんて起こさないよ!」

 

「まぁ、変な気を起こしたって、痛い目を見るのはミキなんだけどね」

 

「何で僕がやられる前提なんだよ!」

 

「だって、ミキが深雪に勝てるわけないじゃん」

 

 

 幹比古をからかって遊んでいたエリカだったが、この一言は迂闊だった。

 

「あらエリカ。それはいったいどういう意味かしら?」

 

「えっと、それは……」

 

「昨日も似たようなセリフを聞いた記憶があるのだけど?」

 

 

 深雪の笑顔を前にして、エリカの顔は青ざめ、こめかみに冷や汗を掻いている。この混沌とした状況を横に置いて、雫が不意に訝し気な表情を達也に向けた。

 

「そういえば達也さん、パイロットはどうするの?」

 

「俺が操縦する」

 

「それはマズいぞ!」

 

「そうよ、達也くん! 達也くんはまだ操縦免許を持っていないでしょう!」

 

「この僻地で免許を確認されることは無いと思いますが」

 

「着陸の時はどうするのよ!?」

 

「基地に着陸しますから、問題ありません」

 

「認められないわ!」

 

 

 達也の言い訳に対して、真由美は結論だけを叫び続ける。まさに「聞く耳を持たない」状態だ。

 

「達也さん、うちのパイロットを残していくよ。大丈夫、彼は元空軍パイロットだから」

 

 

 状況を打開すべく、雫が代替案を提示するが、達也は気乗りしない様子だった。元軍人とはいえ今は民間人。戦闘に巻き込んでしまう可能性を考えれば、簡単に頷けるはずもなかった。

 

「と・に・か・く! 無免許フライトなんて絶対に駄目よ! 北山さんの言う通りにしなきゃ、今の話は全部無かったことにするからね!」

 

「……了解です」

 

 

 柳眉を逆立てた真由美の剣幕に、達也はまたしても白旗を余儀なくされた。そもそも一人でやるつもりだったので、免許云々を考えてなかったのが達也の敗因だろう。達也が自分の言う事を聞き入れたことで、真由美の表情は穏やかなものに戻った。

 

「達也、怒られた、です?」

 

「やろうとしている事がそもそも悪い事だからな」

 

 

 九亜に同情されて、さすがの達也も情けなさを感じざるを得なかった。そんな空気を読めているのかいないのか、嵐に巻き込まれるのを免れていたレオが、自分の左手に右拳を打ち付けた。「パンッ」という乾いた音が、皆の注意を引き付ける。

 

「やれやれ、とんだ春休みになりそうだ」

 

 

 獰猛な笑みを浮かべるレオの表情は、どう見ても「やれやれ」という感じではない。

 

「何言ってんの。心にもない事を」

 

 

 そういうエリカもまた、好戦的な笑みを浮かべている。

 

「頼むから暴走はしないでくれよ? いう事を聞けないなら、お前たちもヘリで送り返すからな」

 

「はーい」

 

「分かってるって」

 

 

 釘を刺した達也だが、二人にはあまり響いていない様子だった。今の達也の表情こそ「やれやれ」という気持ちがにじみ出ていた。




達也の方が大人だな

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