劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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偉そうな態度


脅し

 真由美、摩利、ほのか、雫、美月、そして九亜と黒沢を乗せた七草の自家用機が飛び立つのを見送って、達也、深雪、エリカ、レオ、幹比古はそのまま桟橋へと向かった。

 桟橋には小型クルーザーが係留されている。小型と言っても皆で過ごすメインキャビンの他に、男女別のトイレ、ギャレー、シャワー室に個室が二部屋備わっている充実した造りだ。敷地内の岸壁に元々あった洞窟を利用して造ったドックから、黒沢が出発前に出してくれたものだ。

 クルーザーを前にして、深雪はずっと気になっていたことをエリカに尋ねた。

 

「エリカ、それは何?」

 

 

 エリカが手に提げている長細い布袋。中に刀が入っているようにしか深雪には見えないのだ。

 

「この前、達也くんに調整してもらった大蛇丸のダウンサイジングバージョン『ミズチ丸』。雫にこっそり積み込んでもらっておいたの」

 

 

 得意げに刀袋を持ち上げてみせる彼女の顔には、罪悪感の欠片もない。元無人島で別荘以外に家は無くても、日本国内であることには変わりない。治外法権ではないのだ。自家用機の国内移動であっても空港で積み荷の検査を受ける事もある。もし見つかっていたら、雫に大きな迷惑をかける事になったはずだが、実際に刀が必要になるような事態になっては、窘める事も出来なかった。

 

「用意が良いのね」

 

「何が起こるか分からないからね」

 

 

 お互いに当たり障りのないセリフを交換した所で、都合よくクルーザーの所に着いた。レオ、エリカ、達也の順で船に乗り込む。

 

「では、留守番を頼む」

 

「うん、任せて」

 

「はい、どうか、お気をつけて」

 

 

 二人に見送られてクルーザーは桟橋を離れていく。舵を取っていた達也は、エリカとレオがキャビンに引っ込み、深雪と幹比古が別荘の中に戻ったのを確認して、愛用のCADを手に取った。背後に向けてCADを持つ手を伸ばす。

 既に別荘は水平線の下に隠れているが、彼の「眼」にはその南欧風の建物も、人工の砂浜も、その前に広がる入り江の「形色」も「視」えている。形と色、外形と実体。その情報を確認する。

 達也がCADの引き金を引いた。次の瞬間、海軍の拉致部隊が残していった小型艇とヘリは、入り江から消え失せていた。

 

「やれやれ、面倒な事をさせてくれる……」

 

 

 あの船と飛行機が使えれば黒沢に手間をかけさせることも、真由美に脅されることも無かったのだと、達也は誰もいないのをいいことにそうぼやいた。

 

「先輩が気にし過ぎなだけなんだがな……」

 

 

 最初から霞ヶ浦基地に着陸する手筈になっているので、操縦免許を検められる事など無かったのだが、その事を事情を知らない黒沢たちの前で言うわけにもいかなかったので、渋々従ったのだ。そもそも自動操縦なのだから、免許など気にしなくて良いのではないかと、達也は今更ながらに真由美に従った事を後悔したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七草家の自家用機は太平洋を順調に北上していた――とは、残念ながら言えなかった。聟島列島の北側、北之島を通り過ぎ、眼下に陸地が見えなくなったところで、三機の戦闘機が真由美たちの乗る飛行機を機銃の射程距離に収めた。

 戦闘機が自家用機を追い越し、高度を上げて再び後ろにつく。何時でも撃墜できるというデモンストレーションなのだろう。

 こちらは亜音速も出せないプロペラ機。向こうはスーパークルーズ能力を持つジェット戦闘機。こちらは非武装。向こうは恐らく、実弾を武装している。普通に考えれば、逃げられる状況ではない。

 ほのかや雫、美月が緊張と恐怖を隠せない中――九亜に怯えた様子が無いのは、兵器に狙われている事の意味が良く分かっていないからだと思われる――真由美はシートから立ち上がりコクピットに向かった。

 

『――に着陸せよ。繰り返す。JA85942機。当機の誘導に従い、南盾島空港に着陸せよ』

 

 

 コクピットの無線機は、海軍の戦闘機からの着陸勧告を受信していた。しかし最寄りの空港ではなく、南盾島基地を指定している。なおJA85942は真由美たちが乗っている自家用機の機体記号だ。空港機の登録数が増えたことに対応して数字が四桁から五桁になっている。また、八万台の数字はティルトローター機がヘリコプターの範疇ではなく、ターボプロップ機に分類されている事を示している。

 操縦席に着いているパイロットの竹内は、真由美の入室にすぐ気が付いた。彼女は肩越しに振り返って「お嬢様、どう致しましょう」と真由美に尋ねたが、真由美は迷いを見せなかった。

 

「無視してください」

 

 

 平然とした声で竹内に指示する。竹内はこの回答を予想していたのか、驚いた風もなく、自動操縦中の操縦桿に手を延ばさなかった。

 

『JA85942、我々の指示に従え!』

 

 

 こちらに転身する気がないと、戦闘機のパイロットにも分かったのだろう。無線機のスピーカーから、さっきより遥かに高圧的な声が飛び出した。更に、三機の戦闘機の内二機が左右から真由美の飛行機を追い越し、旋回して次々とその前方を横切った。これ以上先には進ませないと言いたいに違いない。

 

「仕方がないわねぇ」

 

 

 真由美が緊張感のない声でぼやく。

 

「竹内さん、無線を貸してください」

 

 

 竹内が呼びのヘッドセットを真由美に渡した。真由美がそれを頭にかぶり、マイクの位置を調節する。竹内は無線機を操作して、真由美のヘッドセットに送受話機能を繋いだ。




自分が偉いと勘違いしてるんじゃないだろうか

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