劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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真由美は白々しさ全開


本気ですよ

 竹内が「準備OK」の意味を込めて真由美に頷く。真由美は竹内にウインクで「了解」と答えた。そしておもむろに、猫撫で声で戦闘機のパイロットへ話しかけた。

 

「こちらJA85942。まことに申し訳ございませんが、ご指示には従いかねます。ここから南盾島へ戻ったのでは燃料が足りません」

 

『ふざけるな! 羽田に向かうより南盾島の方が近いだろう!』

 

 

 そのわざとらしい慇懃な口調が癇に障ったのか、通信機から苛立ちをあらわにした怒鳴り声が返ってくる。真由美は誰も観ていないのに、両目をギュッと閉じ肩を震わせて可愛らしく驚いてみせた。

 

「生憎と、追加の燃料代を用意しておりませんので……東京に帰れなくなってしまいます」

 

『JA85942、改めて勧告する。当機の指示に従え』

 

「ですから、燃料が足りないのです」

 

 

 通信機から息を呑むような音が聞こえた。並走していた戦闘機が大きく旋回し、自家用機の後ろにつく。そして戦闘機がいきなり機銃を発砲した。銃弾は自家用機の真上を掠めていく。キャビンではほのかたちの悲鳴が上がった。

 

『JA85942、これは警告だ。次は命中させる。我々は本気だ』

 

 

 妙に抑揚が乏しい声がスピーカーから流れ出る。戦闘機のパイロットは正気を失いかけているように感じられた。

 

『おい! 撃墜するなと言われているだろう! どういうつもりだ!?』

 

 

 編隊のリーダーが発砲したパイロットを叱責する。撃墜するなという命令は、相手が民間人であることを慮ってのものではない。十師族・七草家を敵に回す事を避けるという意味合いでもない。JA85942機の所有者名義は七草家傘下の法人で、実の所海軍はこの飛行機に七草家の令嬢が乗っているという事を知らなかった。

 無論常識として、民間機を撃墜するのは論外という大前提はある。だがわざわざ「撃墜するな」という当たり前の命令が明言されたのは、この飛行機が貴重な調整体を乗せている可能性が高いという事、そしてもう一つは、調整体を探しに聟島列島に赴いた一隊がJA85942機に囚われている可能性があると考えられていた為だった。

 

『威嚇です。本気で撃墜するつもりはありません』

 

 

 リーダーの質問に、発砲した機体のパイロットはこう答えたが、声は殺気立ったままだ。彼らの会話はクローズなチャンネルで行われていたので、真由美にこの会話は聞こえていない。

 

「それは困りましたね……」

 

 

 通信に応える口調は暢気だが、真由美の瞳には軍の横暴に対する怒りの炎が燃えていた。真由美が瞼を閉ざす。肉眼からの視覚情報をシャットアウトする事で、遠隔視系の異能『マルチスコープ』から得られる視界に意識を集中する為だ。

 自分が乗る飛行機と、三機の戦闘機と、海。その位置関係を俯瞰的に捉える。真由美が瞼を開き、海面に狙いを定めてCADを操作した。厳密に言えば順序は逆だ。CADから出力された起動式を読み取り、魔法式を構築、そこに海面の三箇所を標的とする座標を変数として送り込む。次の瞬間、海から空に向かって大量の雹が逆さまに降った。道理に逆らい、逆さまに、空へ。真上に差し掛かった戦闘機に向かって、氷の礫が群れを成して襲いかかる。

 通信機から狼狽の叫びが漏れた。突き上げる衝撃にバランスを崩した三機の戦闘機が、失速寸前で辛うじて体制を立て直す。一機が追跡陣形から離脱したのがレーダーに映る。真由美は小さく失笑した。どうやら当たり所が悪かったらしい。今の魔法は牽制でしかないというのに、最新鋭兵器も意外に脆いのね、と彼女は思ったのだ。

 

「今のは威嚇です。次は貫通させます」

 

 

 真由美が戦闘機との間に開いたままの回線で話しかける。

 

「私は本気ですよ」

 

 

 丁寧な口調で。冷淡な声で。

 残った二機も、一機は慌てて、もう一機は渋々と言った感じで反転した。第二波攻撃の準備をしていた真由美はそっと息を吐き肩の力を抜いた。

 竹内にヘッドセットを返してキャビンに戻った真由美に、摩利がサムズアップしてみせる。少々エキサイトし過ぎたと感じていた真由美は、少し照れくさそうに苦笑いでそれに応じた。

 ほのか、雫、美月、それに黒沢は「一安心」という顔だ。九亜だけが、不安な表情を浮かべてた。

 もう心配いらない、と真由美が九亜に声をかけようとする。だが、九亜が真由美に話しかける方が早かった。

 

「あの……大丈夫、です?」

 

 

 真由美は身を屈めて九亜と目線を合わせ、微笑んだ。

 

「大丈夫よ、九亜ちゃん。単なる戦闘機だったら、あの二倍での数でも問題ないわ」

 

 

 本当はあの五倍でも撃墜する自信があるのだが、九亜を怖がらせないように真由美は控えめに答えた。

 

「軍の戦闘機を攻撃して、大丈夫、です?」

 

 

 それでも九亜の不安は払しょくされない。彼女の懸念は、戦闘力の直接的な脅威に留まるものでは無かった。九亜が見た目通りの幼い少女ではないと、真由美は改めて思い知らされた。

 

「……大丈夫よ。実を言うとね、お姉さんのお家は結構な顔役なんだから」

 

 

 意外感から生じた動揺を隠したかったのか、真由美は芝居がかった口調で自慢げに嘯いた。しかしこのセリフは、適当なものではなかった。九亜のように世間から隔離された、冗談と疑う事を知らない少女に向けるべきものでは無かった。

 

「影のドン? フィクサー?」

 

 

 九亜が目を丸くして呟く。途端に摩利が噴き出し、ほのかたちは顔を引きつらせて笑いを堪えた。

 

「九亜ちゃん、何でそういう言葉を知ってるのっ!?」

 

 

 九亜の言葉に、真由美は顔を両手で押さえて叫んだのだった。




九亜の知識の偏り方

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