劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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高校卒業したばかりには見えないんだよな……


克人到着

 南盾島の民間港に一隻の小型クルーザーが接岸した。係留する桟橋の指定、料金の徴収は全て自動で行われ、特に注意を向ける者はいなかった。監視の目が出港する船に集中していたからだ。その船には、海軍基地に対する破壊工作を目論む者が乗り込んでいたというのに。

 破壊工作員その一である達也は、その二とその三、つまりエリカとレオに、しばらく船内で待機するよう言いつけた。

 

「えっ、何で!?」

 

「その恰好では基地内に潜入出来ないからな。変装用の衣装を仕入れてくる」

 

 

 反論出来ない理由を告げられ、エリカは頷く以外に出来なかったが、どうやら拗ねてしまったようだ。

 

「……仕方ねぇな。達也、手早く頼むぜ」

 

「ああ。なるべく早く戻る」

 

 

 拗ねたエリカの頭を軽く撫でてから、達也は船からあっさり出ていって、西日差すモールの人混みに紛れ込んだ。

 

「あたしは子供じゃないわよ!」

 

「達也がいる時に言えよな」

 

「うっさい!」

 

「ぐぇ!?」

 

 

 照れ隠しだという事が分からなかったレオがツッコミを入れたが、エリカから手痛い蹴りを返されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西の空が赤く染まり、管制塔が海に長い影を落としている。そんな中、南盾島空港に、羽田から小型のビジネスジェットが飛来した。南盾島の飛行場は軍用、民間機共用のメガフロートだ。滑走路も同じものを使っているが、空港の出入り口は軍用と観光用に分かれている。その軍用ゲートの方から、無骨なオープントップ車が着陸した小型機に走り寄った。

 小型ジェットのタラップに、スーツ姿の大柄な青年が姿を見せる。オープントップ車から降りた海軍士卒は、青年を敬礼で迎えた。

 

「十文字克人です。魔法協会から派遣されて参りました」

 

 

 克人は胸に手を当てて下士官と兵卒の敬礼に応えた。

 

「お話は伺っております。司令部までご案内致します」

 

 

 一等兵の海兵が克人の旅行鞄を車に積み込み、下士官が後部座席のドアを開いた。

 司令部ビルのエントランスで、案内役は下士官から少尉に代わった。一等兵に荷物を運ばせて、案内の少尉は克人を応接室に案内し、そのまま退出しようとした少尉を、勧められたソファに腰を下ろさずに立ったままの克人が「すみません」と呼び止める。

 

「はい、何でしょうか」

 

「司令官殿には、何時お目に掛かれますか」

 

 

 克人の性急とも思える質問に、少尉は表情を乱さなかった。

 

「司令は十文字さんを夕食にご招待したいと申しております。会食の開始時刻は十九時三十分を予定しておりますので、それまでお待ちいただけますでしょうか」

 

 現在の時刻は十七時過ぎ。克人には南盾島にそこまで長居するつもりは無かった。

 

「私は魔法協会の使者としてお邪魔しております。協会に提出された訴えに対する、納得のいくお答えを頂戴できれば、すぐにでもお暇させていただく所存なのですが」

 

「無論、ご質問には全て、包み隠さずお答えするつもりです。ただ、十文字さんは横浜事変で敵軍の侵攻を食い止めた功労者でいらっしゃる。あの時の武勇談をお伺いしたいと願っているのは、司令だけではないのです」

 

 

 少尉の態度に、少なくとも表面上は、疚しさの欠片もない。横浜事変の件を聞きたい、だから少しお時間を頂けませんか、と少尉は下手に出た。これを無下にするのは調査を円滑に進める上でも好ましくない、と克人は思った。

 

「……分かりました。ご相伴させていただきます」

 

「ご承諾いただけで何よりです。もしご希望でしたら、基地内をご案内致しますが」

 

「……いえ、こちらで待たせていただきます」

 

 

 少尉の申し出は「隠さなければならないものは何もない」というアピールだろうかと、克人は正直かなり迷ったが、応接室で待つことにした。二時間では基地の全てを見て回れるはずがない。余計な先入観を植え付けられる結果になるかもしれないと考えたからだ。

 

「そうですか。御用の際は、テーブルの端末をお使いください。すぐに参りますので、どのような事でもお気軽にお申しつけください」

 

「ありがとうございます」

 

「では、失礼致します」

 

 

 敬礼する少尉を軽いお辞儀で見送って、克人はソファに腰を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也がクルーザーに戻ってきたのは日が沈み、空がすっかり暗くなった後だった。彼は両手にヘルメットを括りつけた背嚢を一つずつ持っていた。ヘルメットには目立つ白の塗料で「MP」と書かれている。

 

「二人とも、これに着替えてくれ」

 

 

 二人は目の前に置かれた背嚢――というよりもヘルメットに書かれた「MP」の文字を、しばし無言でまじまじと見つめた。

 

「……達也、これ、どうやって手に入れたんだ?」

 

「聞きたいか? どうしても?」

 

 

 レオの問いかけに、達也はどうでもよさそうな声で反問し、念を押すように付け加えた。

 

「……ううん、聞かなくていいや。むしろ聞きたくない」

 

 

 エリカは引き攣り気味の表情でそう言って、自分の前に置かれた背嚢を手に取り、個室に引っ込む。

 

「……俺も止めとくぜ」

 

「そうか」

 

 

 達也は媒島の別荘から持ってきた円筒形のリュックを手にぶら下げて、もう一つの個室に篭った。

 

「俺はここで着替えろってか?」

 

 

 メインキャビンに取り残されたレオはそう呟いてから、背嚢の中身を取り出して着替え始める。

 

「聞いたらヤバそうだったから聞かなかったが、本当にどうやって手に入れたんだろうな」

 

 

 もう一度まじまじと眺めながら、レオはその疑問を頭の隅に追いやったのだった。




どっかの重役に見えるから恐ろしい……

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