個室に引っ込んだエリカは、服を脱いだ姿で考え込んでいた。
「(本当に、どうやって手に入れたのかしらね、これ……)」
下着姿になってMPの女性用軍服を手に取ったエリカは、脳裏を過った疑問を、勢い良く首を左右に振ることで打ち消した。
どうやってなど、考えるまでもない。いくら基地に付属する施設だからといって、現役で使用されている軍服が売られているはずもない。明らかにクリーニングされた状態のこの服は、これを身に着ける人間の着替えが用意されている場所、つまりMP本部から盗ってきた物だ。服だけならクリーニング施設から拝借した可能性もあるが、ヘルメットが一緒となると調達場所はこの基地にMP本部以外にあり得ない。
「(ヤメヤメ!)」
エリカはさっきよりも勢いよく首を振った。このままでは、記憶の奥にしまい込んだ彼の素性を、達也の正体を思い出してしまう。自分から悩みを増やすなど、バカげているではないかと、エリカは自分に言い聞かせた。
考えたくないことを考えない為には、思考の対象を変えればいい。それがくだらない、どうでも良い事柄であれば、なお気が紛れる。
「それにしても……何を考えているんだろう、このデザイン」
都合よく、エリカの目の前にはツッコむネタがあった。
「ショートパンツに膝上のロングブーツって……太腿が剥き出しじゃん。どう考えても見た目重視よね……」
大腿動脈の損傷は致命傷となる大量出血に繋がる。だから戦闘用の服をデザインする上で、大腿部は本来厚い生地で守らなければならない部分だ。そこが剥き出しになっているのだから、実践的なデザインとは到底思えない。
「憲兵隊の幹部の趣味とかじゃないでしょうね……」
エリカは何時の間にか本気で愚痴っていたが、何時までもショーツとブラだけの姿でいる事も出来ないので、気を逸らすはずが意外に居座ってしまった不満をねじ伏せ、ファッショナブルな軍服に着替え始めた。
「お待たせ」
長袖のミリタリージャケットとショートパンツ、膝上のロングブーツを身に着けて個室を出たエリカは、丁度同じタイミングでもう一つの個室から出てきた達也の姿に立ちすくんだ。
「……達也くん?」
黒いフード付きのマントを羽織った、黒い装甲服。顔の部分のデザインはムーバル・スーツによく似ているが、ヘルメットの頭頂付近に半透明の結晶のような物が埋め込まれている。デザインはマントを除けば、ムーバル・スーツより更にすっきりしたものになっている。
エリカがまじまじと観察していると、黒いヘルメットのフェイスマスクが開き、その下から現れた人物は、紛れもなく達也だった。
「きちんと着替えられたようだな」
「うん、特に分からないところも無かったし……ところで達也くん、それはいったい……?」
「ちょっとした秘密兵器だ」
達也は拍子抜けするほど、あっさり答えた。あっさりと、名称も性能の説明も省いて。エリカが持ち前の好奇心を発揮しなかったのは、これが軍の機密に属する装備だと直感的に理解したからだ。レオも同じように感じたのか、特に質問する事はなかった。
この装甲服の名称はコバート・ムーバル・スーツ。ムーバル・スーツの対探知性能改善を目的とする試作品の一つで、外見的特徴は、ヘルメットと両肩で固定されたフード付きのマントだ。高速飛行時はマントを流線形を基本とする空気抵抗が小さいフォルムに硬化し、重力制御魔法の硬化範囲をマントの内部に留める事で、対魔法探知性能を高めるという設計思想だ。またこのマントは対魔法探知だけではなく電磁波や音波を吸収する機能も備えており、スーツの隠密性を更に向上させる。
しかしマントを追加する事で肝腎の動きやすさを大きく阻害し、何よりフードで視界を著しく損なう為、達也のように通常の視界に頼らず戦闘可能な魔法師にしか使用できないという欠陥を持っている。だが逆に言えば、達也ならばコバート・ムーバル・スーツを使いこなせる。より探知しにくい新型ムーバル・スーツが未完成の現状、今回の作戦には最適に近いと判断して真田から借りてきたのである。
「エリカ、レオ、情報端末を出してくれ」
エリカとレオに、達也がやや語気を強めてリクエストする。我に返った二人は、慌てて情報端末を取り出した。
「研究所の場所が分かった。今から地図を転送する……届いたな?」
エリカとレオが、自分の端末に届いたばかりのデータを選択する。南盾島の地図が表示され、その一点が自動的にズームアップした。
「うん、届いてる」
「俺の方にも来てるぜ」
二人の返事に、達也は目で頷いた。
「研究所の名称は南方諸島工廠というらしい。俺は一足先に潜入して九亜の仲間を連れだすから、二人はその子たちをこの船まで案内してくれ」
指示を出し終えるや否や、達也は返事を待たずフェイスマスクを閉じ、マントを翻してキャビンを出ていく。エリカが慌ててその背中を追い掛けた。だが彼女か甲板に駆け上がった時には、達也は既に夜空を飛び立っていた。
「こら待て! 抜け駆けするな、この薄情者っ!」
遠ざかる黒い影に向かってエリカが叫ぶが、無論達也は待たなかった。
エリカが構ってもらいたいだけに思えてきた