機密指定の魔法、情報構造体を『分解』する『
彼の身体がダメージを負う事で、彼の意識より早く達也が『自由に使える』もう一つの魔法が発動する。
それは誰の目にも視認する事が出来ない速度で、達也の意識すらも確認出来ない速さで達也の怪我を無かった事にした。
目の前で将輝が隙だらけの状況で立ち尽くしてる理由に、達也は心当たりが無い。だが隙だらけなら容赦する必要も無いのだ。立ち尽くしている将輝の左耳に右手を突き出し、親指と中指を擦り合わせる。腕輪型CADにインストールされていた振動系魔法によって増幅された音は、音響手榴弾の如き轟音を鳴り響かせ、将輝をノックアウトした。
「いまの……なに……」
一高の天幕では、真由美があまり意味の無い呻き声を出していた。誰も答えようのない光景だったのだから、誰かに答えろという方が無茶なのだが。
「……指をならして音を増幅させたのだろう」
「そうですね……単純な起動式ですので、魔法の高速発動が苦手な司波君でも出来たのでしょうね」
「そんなの見れば分かるわよ!」
克人や鈴音の答えは、真由美のほしがっていた答えではなかったのだ。
「だから何で達也君は動けたのよ! 達也君は倒されたんじゃなかったの!? 迎撃は……『術式解体』は間に合わなかったはずよ!? 少なくとも二発は直撃したはずよ!? 過剰攻撃で大怪我したはずの達也君が、如何して戦闘を続けられるのよ!?」
「七草、落ち着け」
達也が大怪我をしたという事実に顔を真っ青にしていた真由美を、克人が落ち着かせ宥める。
「司波は古流に長けた魔法師に師事している。俺たちが知ってるだけが魔法じゃない。魔法だけが奇跡じゃないんだ」
「……そうねゴメンなさい。それにまだ試合は終わってなかったわね」
落ち着きを取り戻した真由美は、スクリーンに映し出されている達也を見つめた。爆音で自分の耳にもダメージを負ってるのか、片膝をついてはいるがその目はまだ光を失っていなかった。
同時刻、一般観客席では山中軍医少佐が面白そうに戦況を見つめていた。
「いやー何時見ても凄まじいな、彼の自己修復術式は」
「本当に自己修復術式が働いたんですか? 私には何も見えませんでしたが」
「私にも見えなかったさ。もちろん九島閣下にも見えなかっただろうね。何せ彼の自己修復術式は人間の視認出来る速さではないからな」
そこまで言って山中は、響子が自分の事をどんな目で見ていたかに気がついた。
「あっいや……私は、司波達也君が使えるはずの無い自己修復術式を使ったところなんて見てないな。いや~、彼は人並み外れて頑丈だな」
「頑丈だからって人体実験していい理由にはなりませんからね。達也君はこの国に二人しか居ない……世界でも五十人は居ないといわれている貴重な戦力なんですから」
「……本音は違うだろ、藤林」
確かに響子の言ってる事は正しいのだが、山中は彼女が違う理由で実験に反対してるのに気付いている。その事を指摘されて、響子は頬を赤く染めてそっぽを向くのだった。
この二人はもう試合を見ていない。元々達也が機密指定を破らないかを監視しに来ていたのだから仕方ないが、二人の目には片膝をついている達也しか映っていなかった。
将輝が倒された事で、真紅郎はパニックに陥っていた。チームとして負ける事はあるかもしれないと思っていたが、将輝が負けるとは思っていなかったのだ。
そしてそのパニックに陥ってる状況は、幹比古にとってチャンスでしかなかった。長い時間地面に押し付けられていた為に上手く呼吸が出来ない。もしかしたら肋骨が折れてるかもしれない。そんな事を考えながらも、幹比古は心の中で達也に賞賛を送っていた。
「(やったんだね達也。やっぱり君は凄い……でも!)」
このままでは達也のおかげで勝ったと言われるだろう。幹比古も内心そう思っているのだが、その事を受け入れるのは、かつて神童と呼ばれていたプライドが許さなかった。
「(達也が正面から『クリムゾン・プリンス』を倒したのなら、せめて僕は『カーディナル・ジョージ』を倒して見せる! 君の言った事、証明させてもらうよ、達也)」
CADを操作して一気に五つの魔法を発動させる。古式魔法という事もあって、真紅郎は必要以上に慌てた。彼の頭には草を動かして足に絡ませるなどという魔法は無かったのだ。
もちろん草を動かしたのでは無く、気流を操作して動かしているのだが、その事が分からない真紅郎は必要以上の力で上空に飛び上がった。そしてそれは、かなり隙だらけだった。
「しまっ!?」
上空から真紅郎を撃ち落すように雷が落ち、真紅郎は意識を失った。
「この野郎!」
真紅郎を撃ち落した幹比古だったが、残っていた力全てを真紅郎に使ってしまった為に、もう一人の選手の攻撃に対抗する術が無かった。
「(あーあ、結局やられちゃったな……)」
襲い掛かってくる『陸津波』をボンヤリと眺めていると、幹比古の目の前に黒い壁が出来た。
「ウォリャァァー」
幹比古を守った壁を作り出したレオは、『小通連』を振り下ろして残りの選手を戦闘不能に追いやった。
客席から割れんばかりの歓声と拍手が送られ、漸く一高が勝ったのだと一高幹部も認識したのだった。
「それにしても美味しいところ攫ってたな。狙ってたのか?」
「それはまさかだぜ。暫くは本当に動けなかった。あんな衝撃は二年前に大型二輪に撥ねられた時以来だぜ」
「は? 大型二輪に撥ねられただって!?」
幹比古が冗談だと確認しようとしたが、レオはいたって真面目な表情でその時の事を話してくれた。そしてさっきの攻撃も生身で凌いだと聞いて、幹比古は信じられないものを見る目をしていた。
「あっ、そう言えば達也は大丈夫なのか?」
「ん? すまん、もう一度言ってくれ」
「だから、達也は大丈夫なのかって?」
「ああ……片方の耳の鼓膜が破れててな、唇を読んで漸く分かるレベルだ。それ以外は大丈夫だが」
「えっと、それじゃあ達也は、さっきまでの僕たちの会話が聞こえて無かったんだよね」
「悪いな。レオが大型二輪に撥ねられたという所までは読み取ったんだが」
「その発言に疑問を感じなかったの?」
幹比古は縋る思いで達也に確認した。ズレているのは自分では無くレオだと思いたかったのだろう。だが達也の答えは、幹比古がほしかったものではなかった。
「疑問? 何に?」
その答えを受け、幹比古はガックリと肩を落とした。結局最後に物を言ったのは、強い魔法力でも高度な戦術でもなく、頑丈な身体だったのだと……
「おい幹比古、如何したんだよ。俺たち優勝したんだぜ」
「そうだね……」
レオに肩を組まれて何とかそう答えた幹比古だったが、心の中では別の事を考えていた。
「(僕は鍛え方が足りない……)」
そんな幹比古を、達也は少し離れた場所から眺めていたのだった。
次回ちょっと脱線するかも