劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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二人とも行動力ありすぎ……


行動力

 南方諸島工廠に侵入した達也は、巨大な魔法の残滓を感知した。どうやらヘヴィ・メタル・バーストの発動とほぼ同時に、九亜が参加させられていた大規模魔法の実験が行われたようだ。ヘヴィ・メタル・バーストの波動が強すぎて、こちらの気配が塗りつぶされてしまったようだと、達也はそう推測した。

 どのような魔法だったのか興味を引かれたが、達也は「盛永」の捜索を優先する事にした。彼が単独で実験室に乗り込んでも、九亜の仲間は警戒してついてこないだろうと考えたのである。

 問題は、盛永が今何処にいるのか、である。いくら達也でも、会った事のない人物を大勢の人間の中から特定するのは難しい。一人一人情報を読み取っていけばいずれ見つかるだろうが、不法な潜入中に採れる手段ではない。

 

「(普通に考えれば、何処かに監禁されているだろうな)」

 

 

 盛永は九亜の世話役だという。九亜の脱走に関し、真っ先に疑われる立場だ。まさか、いきなり処刑されているという事はないだろう。

 

「(ならば、実験室ではない)」

 

 

 大規模魔法の実験が行われた場所は判明している。道順は分からないが、距離と方向は把握している。達也は実験が行われている場所から遠ざかる方向へ進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 媒島の北山家別荘では、通信室のコンソールを前にして幹比古が悪戦苦闘していた。

 

「ようやく電波障害が弱まりましたね……」

 

 

 南盾島で警報が発令されたとの突然の情報に、詳細な状況を調べようと通信システムを前にしておよそ五分。幹比古が言うように、漸く音声がまともに拾える状態になった。

 彼がチャンネルを合わせていたのは南盾島基地から発信されている無線。本来、民間人がアクセスできる性質のものではないのだが、そこは国防軍と繋がりも深い北山家の別荘だ。本物の海賊船や海賊に偽装した他国の工作船に襲われるリスクを下げる為、その出現情報をいち早く入手するべく軍用無線を傍受可能なシステムが備わっているのである。映像はまだ入手できる状態ではない。音声も安定せず、頻繁に途切れる。だがそのノイズ混じりの声の中に「所属不明の潜水艦」というフレーズを、深雪も幹比古も確かに聞いた。

 

「……今、所属不明の潜水艦が現れたと聞こえませんでしたか?」

 

「僕にもそう聞こえました」

 

 

 二人がお互いに、聞いたものを確かめ合う。幹比古は鼓膜を痛める危険を冒して、音量が安定しないレシーバーを耳に当てた。

 

「……どうやら潜水艦からの攻撃により東岸の防衛陣地が炎上しているようですね。民間人に対する避難警報が出ています」

 

 

 時々顔を顰めながら根気よく聞き取った内容を、幹比古は深刻な表情で深雪に伝えた。それを聞いた深雪の中で、ある夏の情報が蘇る。

 四年前の、夏。沖縄が大亜連合軍により進行を受けた日々の記憶。あの時深雪は、家族で沖縄旅行の最中だった。存命中の、実母。着いた時にはまだ家族ではなく、発つ時にはかけがえのない家族になった兄。そして、家族同然だった、姉のように慕っていた女性。嫌がる深雪の全身に日焼け止めを塗って、楽しそうに笑っていた彼女。気が進まないパーティーを控えた深雪に、優しく教え諭してくれた彼女。家に閉じこもりがちな母親の為、セーリングに同行してくれた彼女。

 

「(そうだ……あの時も、潜水艦が襲ってきたんだった)」

 

 

 それが、彼女との別れを強制した、あの侵攻の前触れだった。

 

「吉田くん、お兄様たちの援護に行きましょう」

 

 

 脳裏を駆け巡る一瞬の回想から戻ってきた深雪は、その麗しい顔から固い決意をみなぎらせて、幹比古にそう提案した。

 

「えぇっ!? 危険ですよ!?」

 

 

 幹比古が驚きのあまり、思わず立ち上がって叫ぶ。

 

「危険は承知の上です」

 

 

 口先だけではなく、危険であることは深雪も重々承知していた。もしかしたら、幹比古以上に。何と言っても彼女は、あの夏の沖縄で、死にかけあのだ。それでも、彼女の決意は、意志は変わらない。

 

「吉田くんが怖気づいて私を止めようとしているのではない、理解しています。ですが今は私の、私たちの力がお兄様には必要なのです」

 

「……分かりました。お供します」

 

 

 この上なく真剣な瞳。この時幹比古は、深雪の眼差しに、文字通り魅入られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 素早く身支度を整えて、深雪と幹比古はヘリポートに駐まったティルトローター機に乗り込んだ。

 

「お客様!? どうなさったんですか?」

 

 

 その剣幕に、パイロットの伊達は驚きを隠せない。

 

「伊達さん、すぐに南盾島へ向かってください」

 

 

 深雪のリクエストは、明瞭で聞き間違えの余地が無いものだ。だが伊達は、聞き返さずにはいられなかった。

 

「南盾島に、ですか?」

 

「はい」

 

「あの島には今、避難警報が出ていますが……」

 

 

 遠回しに拒絶する伊達。だが深雪はそれに気づかない。いや、あえて無視したのかもしれない。

 

「ええ、ですからお手伝いに参ります」

 

「いえ、ですが、それは危険すぎるのでは……」

 

 

 伊達は明らかに「迷惑」という表情で、何とか深雪を翻意させよとする。

 

「伊達さん。お願いします。南盾島まで、連れていってください」

 

 

 だが深雪の静かな気迫に、誰の方が反論を封じられ、彼女の瞳が伊達を真正面から射抜いた。

 

「……わ、分かりました」

 

 

 その視線に込められた不退転の意思に、伊達は屈服したのだった。




深雪のお願いを断れるだけの意思が伊達さんには無かった……

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