劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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敵対しようと思う方がおかしい


君たちがそれを望むのであれば

 計都が設置されているフロアに下りた達也は、オペレーターの一人にCADを突きつけた。彼が計都のハッチ開閉を担当しているのは、上の端末で調べがついている。オペレーターの眉間を狙うCADは、シルバー・ホーン・カスタム、『トライデント』。

 

「何だお前はっ。コスプレか!?」

 

 

 トライデントを向けられたオペレーターは、なかなか愉快な反応を見せた。

 

「緊張感のないやつだ」

 

 

 呆れ声でそういいながら達也は反転し、分解魔法で自分に銃口を向けている警備兵の両肩に穴を穿った。

 

「ギャッ!?」

 

「グッ!?」

 

 

 警備兵が声にならない叫びを放ち、白目をむいて崩れ落ちる。

 

「さて、これは銃ではないが――」

 

 

 そういいながら、大型自動拳銃そっくりの外見を持つトライデントを再びオペレーターに向けた。

 

「――見ての通りお前の頭に風穴を開ける事が出来る」

 

「ヒッ!?」

 

「お前もああなりたくなかったら、今すぐ大型CADの中の魔法師を解放しろ」

 

「ははははいっ!」

 

 

 オペレーターの男は、大慌てでコンソールを操作した。その間にも、達也はフロアに駆け込んでくる警備兵を次々と無力化していく。八人の少女を、まるで拘束するように包み込むシートが床の高さで停止した時には、警備兵は全員達也に倒されていた。

 現れた少女の中で、達也に最も近い少女は、ぐったりとシートにもたれたまま目も開いていなかった。

 

「四亜! しっかりしろ、四亜!」

 

 

 少女に呼びかける男性研究員の後ろから、コントロールセクションから下りてきたばかりの盛永が心配そうに彼女の顔を覗き込んでいる。達也が少女の前に立ち、右手を翳す。彼は試しに、何の属性も与えていない無色の想子流を少女に浴びせてみた。自我の喪失が進行してしまっているのであれば、さすがに達也の手にも負えないが、精神力の消耗で気を失っているだけなら、これで意識を回復するはずだ。

 果たして、少女はビクッと身体を震わせて、ゆっくりと瞼を開いた。それを確認して、達也が少女の顔の前から手を退ける。ぼんやりしていた少女の目が、徐々に焦点を結んだ。

 

「誰……?」

 

 

 弱々しい声で、少女――四亜が尋ねる。

 

「九亜に頼まれてここに来た」

 

「……九亜!?」

 

 

 四亜の口調が、いきなりしっかりしたものになる。彼女の目にも、強い光が宿った。

 

「何を……頼まれたの?」

 

「君たちを助け出して欲しいと」

 

「出来るの?」

 

 

 挑発的な声で、四亜が問う。その声音は挑戦的でありながら、願って、叶えられず、それでも願い続けて、とうとう何を望んでいるのか表に出す事が出来なくなった、そんな痛々しさを感じさせるものであった。

 

「君たちがそれを望むのであれば」

 

 

 達也がこんな言い回しを選んでしまったのは、彼女に、素直に願ってほしいと思ってしまったからかもしれない。最期の瞬間、あの女性も願いを口にした。四亜や九亜と同じ、調整体の彼女。深雪が姉とも慕っていた女性、自分が今でも心のどこかで想っている女性、桜井穂波。

 四年前の夏。大亜連合艦隊の砲撃から達也を守る為、魔法演算領域に過大な負荷を掛けて、命を使い果たした彼女は言った。

 

『今まで生き方を選ぶ自由なんて一つもなかった私が自分の死に場所を、自分で選ぶことが出来た。私は人に作られた道具としてじゃなく、人間として死ぬことが出来る。だから、このまま死なせて?』

 

 

 あの時の自分には、彼女の願いに頷く事しか出来なかった。今の達也は、それを悔いていた。あの時の自分には、彼女の本当の望みが分かっていなかったのだと、達也は最近になって、漸く思えるようになった。

 

 ――今まで生き方を選ぶ自由なんて一つも無かった。

 

 

 それこそが、きっと、彼女の本音だったのだ。穂波は、人として死ぬ事ではなく、人として生きる事を望んでいたはずだ。

 だから、達也は聞きたかった。死なせて、と願うしかなかったあの女性とは違う、生きたい、という願いを。

 

「お願い」

 

 

 四亜はよろめく足で立ち上がり、達也に縋りついた。燃えるような眼差しを達也にまっすぐ向けて、四亜は彼女の望みをはっきりと言葉にした。

 

「助けて」

 

「確かに、引き受けた」

 

 

 達也は四亜の願いに、力強く頷く。

 

「盛永さん、出口までの案内をお願いできますか。外に仲間を待たせているので、合流出来れば彼女たちも無事に逃げ出せるだろう」

 

「わ、分かりました!」

 

「盛永さん。この人はいったい?」

 

「逃げ出した九亜を保護してくれている七草家の関係者だそうです。単身で乗り込んできて私の居場所を見つけ、ここまで来た実力を考えれば、彼に従えば四亜たちも大丈夫でしょう」

 

「それはまぁ、この惨状を見れば大丈夫だとは思うが……」

 

 

 江崎は倒れている警備兵の数を見て若干顔を引きつらせたが、味方として考えれば頼もしい事この上ないと考えて、達也の素性を探ろうという考えを頭から追いやった。

 

「盛永さん。調整体八人、全員の意識ははっきりしています」

 

「分かりました。それでは、一刻も早く研究所から逃げ出しましょう。原因不明の攻撃もあったようですし、ここだって何時までも安全とは限りませんから」

 

 

 まさかこの研究施設が狙われているなどと、盛永も考えてはいなかったようだ。実際達也もここが狙いだとは思っていないのだから、盛永が勘違いしていても不思議では無かっただろう。




道案内くらいしか役に立たない研究員

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