達也は盛永たちと協力して八人の少女を出口へ誘導している。いったん地下に下りて貨物の搬入口を目指している。四亜を担当している江崎に「そっちの方が近い」と言われたからだ。
「達也くん!」
「達也」
「エリカ、レオ」
同時に彼の名を呼んだ二人に、達也も手を上げて応えた。達也が立ち止まった事で、盛永たち、四亜たちも足を止めた。
「合流出来て良かった。この子たちが九亜の仲間?」
「そうだ。この子は四亜。そして彼女が盛永さんだ」
「ふーん……」
「この人が」
「エリカ、レオ、彼女たちを頼む」
盛永を値踏みするように見ていた二人は、達也にいきなりこう言われて面食らった顔で振り向いた。
「頼むって、達也はどう――」
「お兄さん」
どうする、と尋ねようとしたレオのセリフを遮って、四亜が怒った口調で達也に呼びかける。
「何だ」
「私たちを、見捨てる気?」
四亜は泣きそうな顔で、達也を睨みつけた。達也は四亜の視線から目を逸らさなかった。
「研究所のデータを残しておいては、本当に助けたことにはならない」
四亜の顔に、戸惑いが浮かぶ。
「別の君たちが作られるだけだ」
「……分かった」
「そういう事なら引き受けた」
達也の言わんとすることを理解して頷いた四亜の頭を撫でてから、達也はエリカに視線を向けた。
「大丈夫、こっちは任せておいて」
エリカが自信ありげな微笑みを達也に向ける。自惚れではなく、彼女の決意の表れだ。
「先に出港しておいてくれ。俺は後から行く」
四亜たちを二人に任せる事に、達也は不安を覚えていなかった。
「お兄さん、頑張って」
「おや? もしかして四亜は、あのヘルメットの下の顔が分かるの?」
「分からない。なんでそんなことを聞くの?」
「いや、なんだか達也くんに懐いてる感じがしたから」
「そ、そんな事ない」
プイと顔を逸らす四亜を見て、エリカは「そういう事か」という感じの表情で苦笑いを浮かべたのだった。
達也は再び計都の実験室、コントロールセクションに戻った。そこに残っていたのは、兼丸一人だった。
「まだいたのか」
「何をしに来た」
無気力に問い返す兼丸に、達也はスーツのポケットから、国防軍が陸海空共通で使用しているカード型の記憶ストレージを取り出した。
「セブンス・プレイグの軌道データをこれに落とせ」
「断る」
達也の依頼、というか命令を、兼丸は平坦な声で拒絶する。
「何故私がそんなことを」
身の危険を感じる精神が麻痺しているのか、兼丸の声には嘲笑すら混じっていた。理由は異なっているが、相手に興味が無いという点は達也も同じだった。
「言っておくが、お前の手を借りなくてもデータは引き出せる。お前を生かしておくのは時間の節約になるからにすぎない」
兼丸はつまらなそうにカードを受け取り、中央コンソールのスロットにカードを差し込んで、キーボードを操作する。兼丸が起動データを呼び出している間、達也は彼の作業をただ待っていたのではない。
達也は計都を見下ろすコンソールに向かっていた。ベルトのポーチから、カードよりも大容量のキューブ型ストレージを取り出してセットする。達也の指が、コンソールの上を猛スピードで走った。計都のデータが、調整体に関するものを除き、キューブに写し取られていく。
達也が別のスイッチを操作すると、ドーム型の天井が開いていく。計都を実験艦に積み込む時の搬出口だが、達也にこの大型CADを盗み出す意図はない。ドームが開ききったところで、兼丸がフッと息を吐く音が達也の耳に届いた。
「終わったか?」
「ああ」
達也がキューブを回収し兼丸に尋ねると、淡泊な答えを兼丸は返した。達也は兼丸を押し退け、コンソールを操作してスロットに差し込まれたままのカードにアクセスする。
達也はカード型ストレージを抜き取ってポケットに戻し、電源スイッチをオフにした。コンソールのランプだけでなく、全てのモニターから光が失せていく。達也は窓際に歩み寄り、CAD『トライデント』を抜いた。その「銃口」を眼下の計都に向ける。
それまで達也が何をしても関心を見せなかった兼丸が、その行動に焦りを見せた。
「おい、何をする……!?」
「データを消す」
トライデントの引き金にかかった達也の指に力が篭る。
「やめ……」
やめてくれ、という兼丸のセリフを、達也は最後まで言わせなかった。
「デリートだ」
大型CAD計都を対象に、分解魔法『雲散霧消』が発動した。直径十メートル、高さ十メートルの巨大な機械が、瞬時に輪郭と質感を失う。金属も樹脂も半導体も、計都を構成する素材の全てが分子レベルではなく、元素レベルに分解される。炭素、水素、ケイ素、鉄、銅、その他諸々の元素が単体の分子になり、あるいは化学反応を起こして化合物を形成しながら、気体となって飛び散った。
そこでは当然、急激な体積の膨張が生じる。実験室の気圧が、爆発的に上昇し、突風が吹き荒れる。固定されていなかった椅子が薙ぎ倒され、卓上の備品だけでなく人間――兼丸も壁際まで吹き飛ばされた。
自らが引き起こした嵐の中で、達也は黒いマントをはためかせ一人、立っている。押し退けられた空気は、達也があらかじめ開けておいた天井の搬出口から噴き出していった。風が収まり、頭から血を流す兼丸には目もくれず、達也は荒れ果てた実験室から立ち去った。
無様な爺の出来上がり