貨物搬入口へ続くスロープにたどり着いたレオは、銃声と爆発音が近づいてきているのを聞き取った。
「エリカ」
「あんたも感じた?」
「ああ。近づいてきているな」
レオだけでなくエリカは気配を感じ取っていたので、それだけ言葉を交わして、レオが慎重な足取りで前進を再開する。エリカもすぐ、彼の隣に並んだ。出口の直前で止まって壁際に立ち、二人は外を窺った。
オープントップ車や装甲車が残骸となってそこらかしこに転がり、血に染まった死体が散乱している。銃声と爆発音が、ひっきりなしに聞こえてくる。炎と黒煙、悲鳴と血飛沫が上がる。銃で応戦する海軍兵士の間を駆け巡り、次々と屠っている人影が二つ。その人影は、間違いなくこの建物を目指している。エリカとレオは、強張った顔で頷きあった。
二人が迎撃に出ようとした、その出鼻を挫くように、背後から駆け上がってくる足音が聞こえた。レオは敵から目を離さず、エリカが後ろを振り返る。四亜がスロープを駆け上がってきたのだ。
「駄目よ! 戻りなさい!」
彼女が建物から飛び出す前に、盛永がギリギリで追いついた。エリカが外に視線を戻すと、丁度真正面に敵が姿を見せた。装甲車をバリアーにしてアサルトライフルを構えていた兵士に、引き金を引かせず、それどころか狙いもつけさせずナイフで襲いかかる。
明らかに、普通に鍛えただけの人間の肉体が出せるスピードではない。薬物で強化しているか、機械的に補助しているか。あるいは、魔法で加速しているか。エリカには一目瞭然だった。敵が海軍兵士の胸にナイフを突き込む。
「ッ!?」
盛永が視界を覆ったが、果たして間に合ったか。四亜が悲鳴に似た何かを呑み込んだ音で気が付いたわけではないだろうが、敵がエリカとレオに顔を向けた。
装甲服で全身を覆った敵――ラルフ=アルゴルの顔はヘルメットのスモークで隠れているが、アルゴルが嗜虐的に顔をゆがめたのが、エリカにもレオにも分かった。
アルゴルは人を殺して楽しそうに笑っていた。新たな得物に舌なめずりをしている。
「ヒャハハハハッ……! 新手……MPかぁ?」
アルゴルの隣に日本刀のような曲刀を手にした新手、ベンジャミン=カノープスが現れた。四亜だけでなく、わたつみシリーズの少女たち全員がスロープを上がってくる。エリカは彼女たちを背中に庇う位置へ移動し、レオが一歩前に踏み出した。
「ムーバル・スーツじゃねぇな……てめぇら、何もんだ!」
レオの問いかけに、アルゴルもカノープスも応えなかった。カノープスの注意は、レオではなく、エリカでもなく、四亜たちに向けられていた。
「その子たちは……ラルフ、その少女たちがミーティアライト・フォールのオペレーターだ!」
その言葉を聞いて、ヘルメットの中でアルゴルがニタリと唇の両端を釣り上げた。
「へぇ……ってことは、こいつら、皆殺しにして良いんですね?」
「気は進まないが、やむを得ない」
興奮に声が上ずっているアルゴルとは対照的に、陰気な口調でカノープスが頷く。
「ヒャハハハハハハハッ! グゥレェェト!」
アルゴルが更に甲高い声で哄笑する。そこに、年端も行かない少女を殺める事への罪悪感は無かった。躊躇いすらも窺われない。
「物騒な事を言ってくれるわね」
「お前ら、下がってな。盛永さん、頼む」
「貴女たち、こっちへ!」
エリカが四亜たちの前に立ちはだかるのではなく、そろそろと横へ移動した。彼女の持ち味はスピードだ。後ろに味方を庇っている状態では、動きを制限されて本来の強さを発揮出来ない。盾になるのではなく、剣を振るって敵を斬り倒す。その為の構えだ。
わたつみシリーズが数メートル後ろに下がったのを横目で見たレオが、一歩前に出た態勢からさらに足を踏み出し、アルゴルとわたつみシリーズの間に立つ。我が身を盾として少女たちを守る構えだ。
エリカとレオ、どちらが正しくどちらが勇敢だという事ではなく、それが二人の在り方だった。
「ヒャハッ、そう慌てんなよ」
アルゴルは、レオに話しかけているのではない。彼の言葉は、酔っ払いの独り言に近い。アルゴルは闘争に――殺人に、酔っていた。
「まっ、こっちもあんまりゆっくりはしてられないんだがな」
右に左に、順手に、逆手に、まるで映画の中のストリートギャングのように、ナイフを持ち替え、弄ぶ。エリカは対照的に、無駄の無い動作で刀を抜いた。打刀にCADを組み込んだ武装デバイス『ミズチ丸』。鞘を握っていた左手を、ミズチ丸の柄に移動させる。軽い音を立てて落ちた鞘には、まるで意識を向けない。エリカの意思は、自分に呼応して武装デバイスを片手で構えたカノープスに集中していた。
一方、レオと言えば、カノープスには全く警戒を向けていない。エリカがカノープスに切っ先を向けた瞬間から、アルゴルを自分の敵と見据えていた。
「出し惜しみ出来る相手じゃなさそうだ……」
レオの左腕が余剰想子光に包まれる。CADに起動式出力用の想子を注入しようとして「力」が高ぶり過ぎているのだ。腕だけではない。レオの身体中至る所で、想子光が火花を散らしていた。昂ぶる闘志の影響で、コントロール可能な上限を超えて想子が溢れ出しているのである。
「へぇ……」
アルゴルが興味深そうな目をレオに向ける。アルゴルの顔が、狂気ではなく、狂喜に包まれる。
殺しが楽しいとか……