劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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エリカも鋭いですからね


直感

 アルゴルは直前まで、レオの事を獲物としてしか見ていなかった。ただ自分に狩られるだけの、玩具だと。だが今は、自分を楽しませてくれる、歯ごたえのある獲物としてレオを見ていた。

 だがレオは、無論のこと善戦に甘んじるつもりは無い。アルゴルを倒す為に、自分の限界を引き出す。

 

「ジークフリート!」

 

 

 勢いよく左腕を振り下ろし、音声コマンドを高らかに吼える。CADから起動式が出力され、レオの腕に吸い込まれた。肉体を通路にして、起動式が魔法演算領域に送り込まれる。レオの限界を引き出す魔法が、起動式を元に組み上げられ、肉体不懐化魔法『ジークフリート』が発動した。レオの全身を、想子光が覆う。肉体の表面を暴れ回るのではなく、均質に、濃密に、魔法式としての構造を有して。

 ドイツの古い伝説に登場する不死身の英雄ジークフリート。彼の名を冠されたこの魔法は、身に着けた物ではなく自分自身の肉体を「強化」する。刃も銃弾も通さない、龍の血で不死身を得たジークフリートの如き肉体を術者に与える。

 レオの魔法発動を見て、アルゴルもすぐさま起動式を展開した。左手親指で人差し指のリングに触れる。それがCADのスイッチのようで、右手の人差し指から小指、左手の人差し指から小指。合計八個のスイッチを備える特化型CAD。一瞬の起動式展開後、一瞬で発動したアルゴルの魔法は自己加速術式。アルゴルは瞬きする間に十メートル近くあった距離を詰めてレオに肉薄する。

 深く沈みこんだ態勢から心臓に向かって突き上げられるナイフ。常人の反射神経では為す術もなく刺されるしかない刺突を、レオは右腕でブロックした所為で火花が散った。一点に集中した物理的な衝撃を無効化する為、ジークフリートが活性化したことによる余剰想子光だ。

 アルゴルがヘルメットの中で軽く目を見張り、心から嬉しそうに唇を歪めた。彼のナイフが閃き、レオの両腕が、それを弾く。彼が着ている軍服の袖には切り裂かれた痕が幾つも出来ていたが、血は一滴も付着していない。

 アルゴルが繰り出した横薙ぎの一閃をブロックするのと同時に、レオが左ストレートを繰り出した。レオが拳を突き出すスピードよりも速く、アルゴルの身体が数メートル後退する。自己加速魔法だが、レオのパンチを見てから発動してのでは間に合わないはずだ。絡繰りは、アルゴルが自己加速以外の魔法を使っていない事にある。その自己加速術式も脚を使った移動のみに留め、ナイフは肉体の能力の身で操る。そうして魔法演算領域に余裕を確保し、魔法式を構築途中で短時間ホールドしておく。フラッシュ・キャストとは異なる方向からアプローチした起動式処理時間短縮の技術。このスターズ隊員が得意とする魔法近接戦闘のテクニックを、アルゴルは使用していたのだ。

 

「ウヒャヒャヒャヒャ……! こいつは楽しませてくれそうじゃねぇか!」

 

 

 ヘルメットのスモークシールドを上げて素顔を曝し、アルゴルは声高に狂笑を響かせた。それを見てレオが思いっきり顔を顰める。

 

「このサイコ野郎が!」

 

 

 心からの嫌悪感を込めて叫びながら、今度はレオの方から間合いを詰める。

 

「ラルフ、あのバカが!」

 

 

 舌打ちを漏らしたのはカノープス。エリカとにらみ合っていた彼は、自ら素顔を暴露してしまったアルゴルの愚行に、その瞬間、気を取られた。エリカには、その一瞬で十分だった。

 カノープスの隙を突いて、エリカが瞬時に間合いへ踏み込む。斬りつける刃の向かう先は、カノープスの首。文字通り必殺の一撃を躊躇なく打ち込む。その苛烈な一刀を、カノープスは両手で構えた刀の腹で辛うじて受けた。カノープスの手に伝わった衝撃は、拍子抜けするほどに軽かった。

 エリカの刀が翻る。最初の一太刀はフェイントではない。受けられると見た瞬間、手を緩めずに手の力を抜き、刀身同士がぶつかった反動で刀を引いて、次の一撃へとつなげたのだ。

 予測していた圧力が加わらなかったことで、カノープスの動きに停滞が生まれる。袈裟斬りに落ちてくるエリカの打ち込みに、カノープスはギリギリのタイミングで刃を翳した。鋼がぶつかり合う鋭い響きは、生じなかった。刃に接触する直前、エリカが斬撃を止め、すべるように後退したのだ。

 

「ほぉ……何故攻撃を止めた?」

 

「その刀と刃を合わせるのは、なーんかヤバいって感じたのよね」

 

 

 カノープスが興味深げに問い掛け、エリカがニヤリと唇の両端を吊り上げた。

 カノープスの刀に、何かが見えたわけではないが、エリカは直感した。このまま打ち込めば、自分の刀がダメージを受けると。その直感が正しかったことを、エリカはカノープスの反応から悟った。

 今度はカノープスの方からエリカに斬りかかる。エリカは刀身の腹同士を撃ち合わせて、その斬撃を払ったが、カノープスが強引に刃を引き戻し横殴りの一撃を放つ。エリカはまたしても刃を合わせようとせずに、刀の腹を擦り上げて斬撃を逸らした。

 力任せの攻撃をすかされて、カノープスの状態が泳ぐ。エリカの刀がカノープスの左腕に向かって振り下ろされたが、瞬時に発動した移動魔法によって躱される。その動きを見て、エリカの脳裏にある魔法師と戦った記憶がよみがえる。彼女はハッと目を見張り、自らも後退して刀を構え直した。

 

「この動きはリーナと同じ……あんたたち、USNAの魔法師部隊、スターズね!」

 

「なる程、総隊長殿の報告にあった千葉の女剣士か」

 

 

 エリカとカノープスが、不敵な笑みを交わし合った。




既に正体がバレている無能集団……

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