劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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130話目です


心配する人々

 試合が終わり天幕に戻ると、達也は強烈な歓迎を受ける事になった。

 

「達也君! 身体は大丈夫なの!? 怪我は!? 歩いて平気なの!?」

 

「……会長、少し落ち着いてください」

 

 

 正面から真由美に抱きつかれ、達也は何とか踏みとどまったのだが、背後からも衝撃を受ける事となった。

 

「「達也さん!」」

 

「ほのか、雫……」

 

 

 事情を知らない人間が見たらとんだハーレム野郎だが、この状態に色めいた感じは一切無かった。

 

「それで達也君、本当に大丈夫なのか?」

 

「委員長ほど重症じゃありませんよ。鼓膜が破れてるくらいです」

 

 

 聞こえない方の耳を指差し、達也は苦笑いを浮かべる。言外に助けを求めたのだが、摩利はそれを理解してあえて分からないフリをした。

 

「しかしよく無事だったな。一条の攻撃は直撃したんじゃないのか?」

 

「ギリギリでかわしました。風圧で吹き飛ばされましたが、ダメージはそれほどじゃありませんよ」

 

 

 もちろん嘘なのだが、達也はいかにも事実っぽく話していく。本当の事情を話す訳にもいかないので、この答えは元から用意されていたものだった。

 

「心配しました。達也さんが大怪我しちゃったんじゃないかって……」

 

「うん、でもよくよけられたね。私たちの場所からだと直撃に見えたんだけど」

 

「それはモニターでも一緒だったわ。明らかに直撃に見えたもの」

 

「まぁ古流の技なのであまり言えないですが、そういった風に見せる技なんですよ」

 

 

 これももちろん嘘だ。いくら古流とはいえそんな技は存在しない。他の面々が古流に長けてないのを良い事に万が一の時の為に考えていた嘘の一つを、達也は堂々と言い放ったのだ。

 

「ところで残りの二人は?」

 

「医務室に行くと言ってました。俺も報告が終わったら行きますがね」

 

「それじゃあ今すぐ行ってちょうだい! 直撃してなくてもあの爆風はかなりの威力があったんだから!」

 

 

 真由美の怒鳴り声にも、達也はすぐに反応しなかった。片耳が聞こえないのだから仕方ないと言えばそうなのだが、何故真由美が怒鳴ってるのかを考えていて反応が遅れたのだ。

 

「真由美、あまり怒鳴るんじゃない。達也君だって自分がどんな状態か分かってるだろうし、何よりあたしたちが五月蝿いと感じるんだ」

 

「ついでだから摩利も見てもらってきたら? 治癒魔法を重ね掛けしてもらってくればいいじゃない」

 

「……そうだな」

 

 

 自分の痛いところを突かれ、摩利は視線を逸らしながら天幕から出て行った。

 

「それじゃあ自分もこれで」

 

「司波、ご苦労だった」

 

 

 克人の一言に、達也は無言で会釈をし天幕から移動する。治そうと思えば治せる怪我だが、あの爆音を間近で聞いて鼓膜まで無傷じゃ色々とマズイと言う事で治してないのだ。

 医務室に向かう途中、レオと幹比古が反対側から歩いてくる、如何やら治療を終えふざけあってるようだ。

 

「あっ、達也」

 

「今から治療か?」

 

「ああ、報告は済ませたから、二人は部屋に戻っても大丈夫だ」

 

「そりゃいいぜ。あの空間は如何も苦手だ」

 

「僕も……」

 

 

 天幕に居るのは一高幹部や本戦に参加した、またはこれからする選手たちで、もちろん一科生だ。いくら幹部が推薦した人選だとしても、自分たちが二科生である事が気になってあの空間には出来るだけ居たくないのだろう。

 

「それじゃあ達也の治療が終わったら祝勝会と行こうぜ」

 

「多分エリカたちも来るだろうしね」

 

「それは良いが、俺はまだ本戦のミラージ・バットが残ってるんだが」

 

 

 選手としては役目を終えたが、エンジニアとしてはまだ仕事が残っている。しかも飛び切り重要な仕事だ。

 

「大丈夫だって! それほど遅くまで騒げねぇだろうしよ」

 

「そうだね。消灯時間もあるし、僕らは元々選手じゃないからね」

 

 

 レオと幹比古と別れ、達也は医務室に向かうと、中からよく知っているような気配を感じ取った。

 

「失礼します」

 

「は~い、待ってたわよ」

 

 

 一高保険医、安宿怜美がそこに居た。保険医だから別に居てもおかしくは無いのだが、達也としては怜美に治療されるのはそこはかとなく嫌な感じがしていたのだ。

 

「何故安宿先生が此処に?」

 

「一高の医務室だもの。万が一に備えて私も来てたのよ」

 

「……九校戦は本来怪我人は出ないはずなのですが」

 

「でも今年は大勢出てるでしょ? だから途中から呼ばれたのよ」

 

 

 調べようも無い怜美の言い分に根負けして、達也は大人しく治療を受ける事にした。

 

「鼓膜が破れてるのね……とりあえず治癒魔法を掛けておくけど……」

 

「完治したわけではないので効果が切れる前に重ね掛けをするように、ですよね」

 

「さすが、分かってるのね。それと一応全身を調べたいのだけど」

 

「別に怪我は無いですよ。さっき天幕でも言いましたが、直撃は避けましたので」

 

「触診だけでもさせて。心配したんだから」

 

 

 言うやいなや怜美は達也の全身の触診を始める。『本来の魔法』で完治させているので、今更触診されても何も出ないのだが、達也は怜美が納得するまでそれをさせることにした。

 

「うん、大丈夫そうね」

 

「だからそう申し上げました」

 

「前にも言ったけど、自分で調べないと納得出来ないのよ。それに、君の事を心配してたのも事実なんだから、これくらいは許してよね」

 

 

 治療を終え医務室から出ると、今度は三高女子グループが心配そうに角から覗き込んでいた。

 

「……何してるんだ」

 

 

 まさかあの距離から見つけられるとは思って無かったのだろう。愛梨たちは身体をビクつかせ大人しく角から姿を現した。

 

「達也様、お怪我はありませんの!?」

 

「一条の阿呆、達也さんにあんな攻撃を……」

 

「オーバーアタックは失格だよ! 何でそのまま続行させたんだろう」

 

「一瞬の事でしたし、達也さんが普通に戦闘を続けた為に審判も続行させたのでしょう。でも一条君は完全なる失格ですけどね」

 

「散々説明したんだが、直撃は何とか避けたから大丈夫だ。それに、一条のあれは実戦を経験した事があるからこその事だろう。そこは責められない」

 

「ですが……」

 

 

 まだ何か言いたそうだった愛梨の頭を軽く撫で、達也は愛梨を黙らせた。

 

「無事終わった事だ。今から如何こう言っても面倒になるだけだからな。だからもう心配してくれなくても良い」

 

「は、はい……」

 

 

 達也の手で撫でられ、ウットリ顔で達也を見つめていた愛梨だったが、沓子や栞の鋭い視線を感じて居住まいを正した。

 

「心配してくれてありがとな。だが俺は大丈夫だから。それに、そろそろ戻らないと不審がられるぞ」

 

 

 沓子、栞、香蓮の頭も軽く撫で、達也は四人を三高のエリアへと返した。そこから少し歩いたところで、達也は振り返り表情を緩めた。

 

「深雪、何時までも隠れてないで出ておいで」

 

「お気づきでしたか」

 

「ずっと見てただろ」

 

「お兄様はやはり人気者ですね」

 

「心配を掛けてしまっただけだ」

 

 

 妹が何を言いたいのかを理解し、先に口を塞いでおく事にした達也。深雪の身体を抱き寄せて、愛梨たちにしたのよりも優しく頭を撫でる事によって、深雪は文句を言いたかったのに言えなくなってしまったのだった。

 

「部屋で祝勝会をするようだからね。深雪も来るだろ?」

 

「私が行っても良いのでしょうか?」

 

「大丈夫だろ。幹比古の予想じゃエリカたちも来るようだしな」

 

 

 すっかりと達也にやり包められた形になったが、深雪は笑顔で達也の隣を歩くのだった。




久しぶりに怜美が登場、無理は無いはず……

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