劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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エリカにもう少し魔法力があれば


乱入者

 笑みを交わした二人は同時に、互いへ斬りかかった。エリカとカノープスの戦い方は、少なくとも地に足をつけての白兵戦においては、表面上よく似ている。自己加速魔法で間合いから外へ一気に斬り込むエリカと、移動魔法で間合いの外へ一気に脱出するカノープス。

 剣速はほぼ互角、剣の技術はエリカが数段上、だが魔法は、力も技術もカノープスが遥かに上回っている。エリカが直感した通り、カノープスと刃を合わせれば、エリカの刀が一方的に刀身を切り落とされる。カノープスの武装デバイス、その刃先に展開されている分子間結合力反転魔法『分子ディバイダー』によって。

 分子ディバイダーは薄い板状の発動領域を個体に刷り込ませる形で運用される。その為、この魔法を受けた物質は魔法の刃で分割されたように見えるのである。カノープスは今、分子ディバイダーの発動領域を武装デバイスの刃先に相対的に固定していた。もしエリカがカノープスと刃を合わせれば、自分から分子ディバイダーの発動領域に己が刀身を割り込ませる恰好になり、彼女の刀はその部分が気体化して前後に分離してしまう事になる。

 分子ディバイダーは他の切断魔法である『高周波ブレード』や『圧斬り』などと違って、刀身に肉眼で見える変化が生じない。また、カノープスの魔法技術の水準が高く、余剰想子光が識別可能な程には発生しない。だからエリカには刃先に発生している魔法を見る事が出来ず、何かが仕掛けられていると感じる事しか出来なかった。はっきりと分からないから、余計に慎重にならざるを得ない。その所為でエリカは、技術で上回っている剣の勝負であるにも拘わらず、カノープスを攻めきれずにいた。

 一方のレオとアルゴルも、お互いに決定打を決められずにいる。アルゴルのナイフは、さっきからレオの防御を掻い潜って胸や脇腹にヒットしているが、レオの血は一滴も流れていない。薄皮一枚、切れていない。肉体不懐化魔法ジークフリートが、全ての攻撃を撥ねかえしているのだ。

 他方、アルゴルはレオに一度もクリーンヒットを許していない。彼はスターズ恒星級隊員の名に恥じない魔法戦闘技術の持ち主だった。――たとえ性格的に問題はあっても。

 

「ヒャハハハハ」

 

「うるせぇ!」

 

「ウヒャヒャヒャヒャ」

 

「うぜぇぞ!」

 

 

 レオには間違いなく、近接格闘に関して超一流の素質がある。体格や筋肉、単純な運動神経だけでなく、豊富な格闘センスに恵まれているが、彼にはまだ経験が足りない。若年であることをカバー出来るほどの、過酷な戦闘訓練を課せられてわけでもない。戦闘が長引けば、どうしても未熟な部分が顔を出す。レオとアルゴルの均衡は、突然破れた。

 

「ちっ!」

 

 

 アルゴルのナイフが、レオの左前腕部を覆うプロテクターの、CADの本体が隠されている部分を切り裂いたのだ。CADが機能を停止したことにより、起動式の継続的な供給が止まる。レオがもし、ループキャストでジークフリートを発動していたなら、戦闘に支障は生じなかっただろう。ループキャストは魔法式構築の最終段階で起動式を複写して、同じ魔法を連続発動させる技術だ。

 だがレオは逐次展開という、起動式を読み込むのと魔法式の構築を並行して行う古い技術でジークフリートを維持していた。起動式の供給が止まれば、魔法式の構築も止まる。魔法には、効力を維持し続けられる時間制限がある。レオの肉体を守っていたジークフリートの効果が切れる。

 

「もらったぁ!」

 

 

 アルゴルがナイフを腰だめに構えて、レオに向かって突っ込んでくる。躱せる体制には無かったので、レオは腕一本を犠牲にする覚悟を決めた。左腕でナイフを受け、右腕で相手をぶちのめす。

 構えを取ったその瞬間、レオの目の前からアルゴルが消えた。アルゴルの自己加速魔法ではない。側面から透明な壁に撥ね飛ばされたのだ。

 アルゴルは壁に捕まったまま、装甲車の残骸に激突した。透明な壁と装甲車の扉に挟まれ、一瞬磔になった後地面に落下する。壊れた人形の如くバラバラに手足を投げ出したアルゴルは、完全に意識を失っているように見えた。

 レオが「壁」の飛んできた方へ目を向ける。レオだけでは無い、強烈な魔法の気配に、エリカとカノープスも刀を引き、互いに間合いを取って振り返ると、そこには軍の装甲戦闘服に身を包んだ克人が立っていた。

 

「「十文字先輩!?」」

 

 

 声を上げたのは、エリカとレオの二人だけではない。

 

「カツト・ジュウモンジ!? いつの間に……」

 

 

 直前まで、確かにそこにいなかった克人の姿に、カノープスが驚愕を漏らしたが、その呟きは克人の耳まで届かなかった。彼はエリカとレオをじろりと睨んでいる。

 

「西城、千葉。お前たち、こんな所で何をしている? その恰好は何だ?」

 

 

 二人が着ているMPの軍服を見て、克人が鋭く目を細める。レオは口をパクパク開け閉めするだけで、その口からは言い訳の言葉どころか声も出ていない。

 エリカも似たようなもので「これは、その」と誤魔化し笑いを浮かべながら慌てて武装デバイスを持つ手を背後に回して、克人の目から隠そうとする。それはあまりにも大きな隙だった。カノープスはその機を逃す事なく、エリカに斬りかかった。克人に目を向けていたエリカは、気配だけでそれを察知して身を投げ出したのだった。




さすが有名人

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