倒れた体勢でミズチ丸を振るい、カノープスの刀の腹を狙い斬撃を逸らそうとしたエリカの狙い通りに、エリカの打ち込みはカノープスの武装デバイスの側面を捉えたと同時に、ミズチ丸が切り落とされた。
この時カノープスは、刀身の鎬に沿って分子ディバイダーを展開していた。分子ディバイダーを見る事が出来ないが故に、エリカはカノープスの罠にかかってしまったのだ。
カノープスの斬撃がエリカの髪を掠める。その刃は、エリカの髪を縛っていた紐を切っただけで走り抜けた。切り落とされたとはいえ、ミズチ丸がぶつかった衝撃でわずかに軌道が逸れたのだ。とはいえ、エリカは地面に手と膝をつき、次の一撃を躱せる体勢にない。カノープスの斬撃を受け止められる可能性は低いと知りつつ、それでも、刀身の半分近くを失ったミズチ丸を頭上に翳した。だがカノープスの追撃は、訪れなかった。
顔を上げたエリカは、飛ぶようなスピードで克人に迫るカノープスを見た。克人は冷静に、カノープスの接近を見据えている。カノープスの刀が克人に振り下ろされた。その刃は克人の数十センチ頭上で、想子光の火花を散らして停止した。
あたかも、実態の剣と実物の盾で受け止めているような光景になっているのは、分子ディバイダーとファランクスがどちらも空間の性質に干渉する領域魔法だからだ。克人のファランクスが、カノープスの分子ディバイダーを阻止しているように見えるが、分子ディバイダーは空間に対する支配権を奪い取ることで、克人の障壁を何枚も破壊している。だが瞬時に次の障壁が形成され、分子ディバイダーを押し戻しているのだ。
カノープスが何度斬りつけても、同じ事が繰り返され、彼の攻撃が一瞬、途切れた。その瞬間、克人を守るドーム状の防壁から物体非透明の障壁が次々と飛び出し、カノープスに襲いかかった。攻撃型ファランクス。何十枚もの対物障壁で間断なく圧力を加え、敵を押し潰す魔法。克人が撃ち出した対物障壁を、カノープスは分子ディバイダーで全て叩き割った。
さすがに分が悪いと判断して、カノープスが大きく後退し、仕切り直しを図った。
「これが、カツト・ジュウモンジのファランクスか……」
「この魔法はスターズの『分子ディバイダー』だな? スターズが日本の基地に何の用だ?」
カノープスのセリフは、乱れた呼吸を整えながらの独り言だったが、克人のセリフは明瞭に、カノープスに問いかけるものだった。だがカノープスは答えない。答えられない。彼は焦りを露わにしていた。
ヘヴィ・メタル・バーストに分子ディバイダーだ。自分たちの素性が日本軍にバレてしまうのはある程度予測も覚悟もしていた。だがはっきりとした証拠を掴まれなければ良いのだし、正体を知られた者は全員始末すればいいと考えていたし、解決策はこの状況になっても変わっていない。
だが「十文字克人」を倒し、任務を完了して、日本軍との全面衝突になる前に撤退する。その困難を考えれば、焦りを覚えずにいられなかった。
鬼気迫る表情で克人を睨みつけ、カノープスは分子ディバイダーを再構成する。克人が右手をゆっくりとカノープスに差し伸べた。
二人の衝突を、レオは息を呑んで見詰めている。彼の注意は、克人とカノープスに奪われていた。
「キエェェェェエ!」
奇声と共に、自己加速魔法を展開。その声と気配で、レオはアルゴルの復活に漸く気が付く。彼が振り向いた時には既に、アルゴルの凶刃が迫っていた。慌てて構えを取ろうとするレオの視界を遮る、小柄な背中。エリカがアルゴルの前に立ち塞がったのだ。目にも留まらぬスピードで駆けつけたエリカが、刀身の半分近くを失ったミズチ丸でアルゴルに斬りかかる。アルゴルは自己加速の停止、慣性中和の魔法により自らの肉体を急停止させ、身体を反らしてエリカの斬撃を避けた。ミズチ丸の刃は、切っ先三寸ならぬ切っ先一尺を失った分、届かなかった。
「ヒャッ――」
狂笑を上げようとしたアルゴルの顔が「信じられない」という表情に固まる。大きく目を見開いたまま、アルゴルは前のめりに倒れた。残心を取っていたエリカの刀には、よく見れば刃を失ったその先に想子の刃が付いていた。
「――裏の秘剣、切陰」
「ラルフ!?」
アルゴルが倒された瞬間を偶々見ていたカノープスは、ヘルメットの下で驚愕を露わにしていた。エリカの事を過小評価していたと自分を責めた。だが後悔するのは後回しで、今回の作戦で最も避けなければいけないのは、USNAが関与した物的証拠を残してしまう事だ。アルゴルが日本軍に拘束されるのは最悪の事態と言って良い。カノープスはそう判断した。
両手で構えた武装デバイスを片手に持ち替え、カノープスは移動系魔法を組み上げた。空いた両手を地面に向けて突き出す。そのアクションでイメージを補強し、空気の塊を叩きつける魔法を発動する。土煙と灰が舞い、煙幕のように視界を埋め尽くした。それを見た克人は咄嗟に、自分、エリカ、レオ、わたつみシリーズと研究員を対物シールドで守った。
視界が晴れると、カノープスとアルゴルは消えていた。カノープスがアルゴルを抱えて撤退したのだろう。だが物的証拠の隠滅は、完全では無かった。アルゴルが倒れていたところに、彼のナイフが転がっていたのだった。
剣技だけならトップクラスですしね