劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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今は総隊長殿なんだから……


衛星の行方

 海上に浮かぶ強襲艇で待機していたリーナは、ニューメキシコから予想外の報告を受け取る事になった。送信元は、ニューメキシコに帰還したカノープス。

 

『申し訳ありません、総隊長。失敗しました』

 

「ベン、貴方が!?」

 

 

 作戦上、カノープスがミッションを達成出来ない可能性は考慮されていたが、実際にカノープスが任務に失敗するなど、リーナは思いもよらないことだった。しかし自分の立場を思い出して、リーナはなんとか動揺を抑え込んだ。

 

「……いえ、了解しました。作戦をフェイズ・ツーへ移行します」

 

 

 リーナは通信を切って、ミルファクに話しかけた。

 

「ハーディ、衛星照準システムは回復しましたか?」

 

「まだ不十分です」

 

「分かりました。では空に上がって、直接照準します」

 

 

 衛星との通信状態が劣悪な状況というケースの対応方法はマニュアル化されているので、リーナは戸惑わずにそうつげ、飛行魔法を発動して強襲艇のハッチを抜け、まっすぐに上昇した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南方諸島工廠を脱出した達也は、南盾島で最も高い場所、西側にある火山の山頂付近、その北東斜面に来ていた。目的はセブンス・プレイグをエレメンタル・サイトで確認することだ。あの衛星が地球に害を及ぼす前に、破壊する為に。

 南方諸島工廠で入手できたデータには、残念ながらあの衛星のエイドスに繋がるだけの具体性が無かった。エレメンタル・サイトも万能ではなく、自分との関連性が低い程、情報的な距離は遠くなる。情報的に遠ければ、情報を視認するのも難しくなるのだ。

 達也はまだ、セブンス・プレイグから直接的な利益も損害も受けていない。無人機械である軍事衛星が達也という個人に対して敵意も好意も好奇心も向ける事は無い。衛星の落下は達也にとっての脅威ではなく、世界を脅かしているに過ぎない。セブンス・プレイグとの情報的距離を縮める為には、達也の方から近づいていかなければならないのだ。その為に現在取り得る有効な手段は二つ。セブンス・プレイグを自分の目で見るか、自分を中心とした現在位置を把握するか。

 

「(研究所で入手した軌道データによれば、もうすぐセブンス・プレイグが北東の水平線上に差し掛かるはず……)」

 

 

 スーツの望遠機能で目視できれば良し。仮にそれが出来なくても、データで示された軌道にエレメンタル・サイトを向けておいて、そこにセブンス・ブレイグが現れれば、あの衛星のエイドスにアクセス出来るようになる。

 達也は愛用のCAD、トライデントに真田から渡されたストレージカートリッジをセットした。記録されている起動式は『ベータ・トライデント』のもの。真田がこの事態を読んでいたとは思えないが、結果的にセブンス・プレイグを処理できるのは彼のお陰だ。

 

「(セブンス・プレイグ破壊に伴う環境汚染を完全に防止するためには、中性子を一斉にベータ崩壊させる『ベータ・トライデント』で無害化するしかない)」

 

 

 ベータ・トライデント。この魔法は達也が得意とする三連続分解魔法『トライデント』と同様に、三つの連続する魔法から成り立っている。第一段階が物質を原子に分解する魔法。第二段階が原子核を陽子と中性子に分解する魔法。第三段階は、中性子をベータ崩壊させる魔法。

 魔法発動に必要な時間と魔法演算領域に掛かる負荷は必ずしもイコールではないが、目安にはある。マテリアル・バーストすら一秒未満で発動できる達也が、ベータ・トライデントの発動には起動式の読み込みで五秒、魔法式の構築で五秒、合計十秒を要するといえば、かなりの負荷がかかると分かる。分解魔法のエキスパートである達也にとっても、短時間で二度繰り返すのは難しい。ベータ・トライデントの発動は一発勝負になる。だからいつも以上に、事象改変対象のエイドスをしっかりと確認しておく必要がある。

 空を見上げても、星は見えない。黒雲はまだ島の上空を覆っている。少しずつ拡散している分、厚みは減っているが範囲は広がっており、視界は爆発直後よりむしろ悪化していた。

 だが水平線のあたりは黒雲が広がりながらも、まだギリギリ夜空が見通せる。達也は研究所で入手したセブンス・プレイグの軌道データをヘルメットのバイザーに呼び出し、予定軌道に肉眼と情報体を確認する『眼』であるエレメンタル・サイトを向けた。

 だが北東の水平線から姿を見せるはずの時間になっても、セブンス・プレイグは達也の目に映らなかった。「眼」にも捉えられなかった。

 

「(セブンス・プレイグが予定の軌道に存在しないだと!? 何らかの理由で軌道が変わったのか?)」

 

 

 達也の眉間に深い皺が刻まれる。彼が予想軌道データを再確認している間にも巻き上げられた火山灰は空に広がり、水平線に達してしまう。拡散した分、薄くなっているので、灰の膜をすかして人工衛星を観測する事も不可能とは言い切れないが、高度四百キロメートル以下の極軌道に限ってみても、いったいどれ程多数の衛星が地球を周回しているか分からない。虱潰しにチェックするのは、現実的とは思えなかった。

 

「(とはいえ、やるしかないか)」

 

 

 問題は時間だが、何もしなければ何の成果も得られない。達也はそう自分に言い聞かせて、改めて空を仰いだ。

 

「(何だ?)」

 

 

 ふと彼が目を向けていたのとは逆方向、南東の方角に魔法の気配を感じ、急いで振り向いた。黒雲より低い位置、灰に煙った空に小さな人影が浮かんでいる。

 

「あれは……リーナ?」

 

 

 達也は思わず、声に出して呟いた。




説明長かったな……

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