劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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相応しい称号だとは思う


女王降臨

 ヘヴィ・メタル・バーストの爆発は、味方であるニューメキシコの運用にも障害をもたらしていた。電磁波障害により極めて悪化していた通信状態が実用レベルまで回復したのは、南方諸島工廠が消滅し、リーナが強襲艇に戻ったタイミングだった。

 

「偵察衛星との通信、回復しました!」

 

「映像をモニターに出せ!」

 

 

 標的の研究所が消失し、地面に穴が空いている映像が映し出され、発令所内のそこらかしこから唸り声が聞こえた。艦長の隣に立ちメインモニターを見詰めていたカノープスの喉からも「ムッ……」という微かな声が漏れていた。

 艦長が次の指示を出そうとした、その出鼻を挫くように通信士が声を上げた。

 

「艦長、艦隊司令部より入電です!」

 

「読み上げろ」

 

「ハッ。軍事衛星セブンス・プレイグが……落下軌道に入った事が確認された?」

 

 

 通信士の声がどんどん上ずっていき、ついに絶句してしまったので、艦長が焦りを孕んだ声で叱咤する。

 

「続きはどうした!」

 

「は、はいっ! 落下予想地点は北緯二十七度プラスマイナス五度、東経百四十二度プラスマイナス五度……当海域です!」

 

 

 発令所が静まり返った中で、誰かが息を呑む音だけが鮮明に聞こえた。その静寂を、艦長の声が破る。

 

「それで、司令部からの指示は何だ!?」

 

「西太平洋に展開中の艦隊は、四十八時間以内にハワイ基地に帰還せよ、とのことです!」

 

「ちっ、無理を言ってくれる!」

 

 

 ニューメキシコの最高速度を考えれば、ギリギリ間に合う時間なのだが、実際に残された猶予が二十四時間だと知ったら、果たして艦長はどう思っただろうか。無理をすれば何とかなる数字を提示されたからこそ、艦長の指揮は素早かった。

 

「強襲艇に帰還命令を出せ! シリウス少佐の強襲艇を収容次第、発進する!」

 

「アイ・サー!」

 

 

 クルーが慌ただしく発進準備を進めている最中、カノープスは南方諸島工廠跡地の映像を睨みつけていた。拡大された穴の奥に、ぼんやりと人影らしきものが見える。それを確認したカノープスは、一通り発進に必要な命令を出し終えた艦長に、重々しい声で話しかけた。

 

「艦長」

 

「何かね」

 

 

 艦長がカノープスに振り向く。彼がおざなりな対応をしなかったのは、スターズナンバーツーという地位を軽視できなかっただけではなく、カノープスの声に厄介ごとの匂いをかぎ取ったからだ。

 

「対地攻撃ミサイルの使用許可を願います」

 

 

 艦長の予感通り、カノープスの要請は軽々しく頷けないものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地形の関係か、南盾島の東側は、防衛陣地の爆発による黒煙が比較的薄かった。深雪と幹比古を乗せたティルトローター機は島の北側を迂回して、融解した防衛陣地に東側から接近した。

 リーナが強襲艇に戻った後だったのは、幸いだったと言って良いだろう。例えそう聞かされていたも、操縦桿を握る伊達には気休めにもならなかったに違いないが。

 

「もっと近づけませんか?」

 

「まだ燃えているんですよ! 真っ赤なんですよ! これ以上は無理です!」

 

 

 深雪のリクエストに、伊達は慌てて首を横に振る。防衛陣地は溶岩化して赤い光と高熱を放っている。そもそも伊達が国防軍を止めたのは、自分が他のパイロットに比べて相当臆病な質だと分かったからだ。

 何とか伊達を説得しようと言葉を探していた深雪は、ふとモニターの端に夜の海面以外の物が映っていることに気付いた。いきなりモニターを凝視し始めた深雪に、幹比古が訝しげな声をかける。

 

「どうかしましたか?」

 

「吉田くん、ここを見てください」

 

「これは……潜水艦!?」

 

 

 深雪が指し示す一点に、幹比古も浮上した潜水艦の姿を認めた。

 

「吉田くんにもそう見えますか。伊達さん、ここで止まってください」

 

 

 幹比古の言葉に小さく頷いてから、彼女は伊達に命じた。伊達はすぐに機を低速旋回からホバリング状態へ移行する。彼は深雪の言葉に逆らえなかった。反抗する気持ちも起きなかった。これ以上近づかなくていいから、というのは自分を納得させるための後付けの理由だった。

 深雪が操縦席を出て乗降ハッチへ向かう。幹比古が慌ててその背中を追い掛けた。

 

「まさか、飛び降りるんですか!?」

 

「ええ」

 

 

 ハッチの前で立ち止まった深雪に、幹比古が狼狽した声で問いかけると、深雪は躊躇なく頷き、開閉スイッチを操作した。ハッチが開き、足場のない空中にタラップが下りる。まだ赤く煮えたぎっている地面が、直接視界に入り込む。

 熱気が激しい風となって機内に吹き込み、幹比古が思わず腕で顔を庇うなか、深雪は髪を熱気に嬲らせながら平然とタラップのすぐ前に立った。

 炎熱地獄のような光景に、眉一つ動かさない。深雪は自然に垂らした左手でCADを操作し、一拍溜めて、右手を左から右へ、肩の高さで水平に振るった。まるで、騒ぎ立てる臣民に鎮まれと命じる女王のように。

 効果はすぐに表れた。右手の一振りで、赤熱していた地面が白く凍り付く。

 

『広域冷却魔法・ニブルヘイム』

 

 

 深雪の前に全ての熱は屈服し、彼女の眼下に氷の軍勢は膝を折った。

 

「凄い……こんなに広い範囲を、一瞬で」

 

「では、お先に」

 

 

 深雪は幹比古の反応を全く気に掛けず、振り返らずに声をかけて軽やかに飛び降りる。神話の一ページの如き光景に見惚れていた幹比古は、深雪の姿が闇に紛れて、漸く我に返った。

 

「伊達さん、ハッチは閉めておいてください!」

 

 

 その叫びを残してハッチから飛び出し、深雪を追いかけて幹比古は落ちていった。




本人を前に言える人間がいるかどうか……

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