劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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まぁ一人しかいないわな……


こんなことが出来るのは

 リーナは偽装魔法パレードを解除して、「アンジー」からアンジェリーナに戻った。他の事に力を割いていては彼女の魔法に対抗できないと経験上分かっていたからだ。

 飛行魔法を発動し、リーナはニューメキシコに向かい、水平に落ちていった。何処までも広がる、凍り付いた海面。氷原は、ニューメキシコを中心として半径一キロに及んでいた。

 

「(こんなことが出来るのは……深雪しかいないわね)」

 

 

 何故こんな場所に深雪がいるのかは気になったが、リーナはこれが深雪の魔法だと、氷原を目にした時から確信していた。

 

「(深雪がいるという事は、まさか達也もいるのかしら……)」

 

 

 数日前に別れたばかりだが、リーナは達也の事を思い出して頬を赤く染めた。初めて真っ向から戦って勝てなかった同年代の魔法師。自分の正体をいとも簡単に暴き、それでいて他人にそれを明かすことなく自分と対等以上に渡り合った劣等生の彼の事を。

 

「(達也が劣等生だったら、世界中の殆どの魔法師が劣等生なんじゃないかしら……って、今はそんなことを考えている場合では無かったわね)」

 

 

 慌てて頭を振り、意識を現実に戻すと、白く染まったニューメキシコが見えた。霜ではなく、白く濁った氷に覆われているのだ。

 リーナはブリッジの近くに降り立ったが、彼女はこの惨状に少々焦っていた。減速が不完全なまま、飛行魔法を止める。スラスト・スーツの靴裏は、氷を上手くつかめなかった。

 

「うわっ!? ワッ、ワッ、ワッ、とととっ……」

 

 

 足が滑り、転びかけて、リーナは懸命に体勢を整え直した。何とか姿勢を安定させ、彼女はキョロキョロと左右を見回した。

 

「……ゴホン」

 

 

 誰も見ていないのに咳ばらいをしてしまったのは、尻餅をつきそうになったことが相当に恥ずかしかったからだろう。

 

「ニューメキシコ、聞こえますか。こちらシリウス少佐」

 

『総隊長殿、カノープスです』

 

 

 発令所に通信を繋いだリーナに応えたのはカノープスだった。これは彼がリーナからの通信を待っていたとかではなく、他のクルーには彼女の呼びかけに答えるだけの余裕が無かったのだ。

 

「これから氷を融かします。艦体に影響が出ないよう温度を抑えますので少し時間がかかりますが、動けるようになったらすぐに潜行してください。浮上したままでは相手の魔法の標的になります」

 

『了解しました。お願いします、総隊長殿』

 

「始めます」

 

 

 リーナは通信を切って、スラスト・スーツの右胸を三箇所、素早く押した。発動するのは空気分子を高熱のプラズマに変化させる魔法。

 

「ムスペルスヘイム!」

 

 

 リーナが自分自身に魔法の発動を命じる。ニューメキシコの巨体よりも広い範囲に、空中放電の火花が走った。リーナの身体から数十センチの緩衝地帯を残して、空気分子がプラズマ化した。

 ニューメキシコを覆う氷が少しずつ融け、融けた氷は水蒸気となり、熱をムスペルスヘイムの効力圏外まで運ぶ。氷に押し上げられていたニューメキシコが、ゆっくりと元の水位に戻っていく。

 そろそろムスペルスヘイムの終了条件が満たされようとした時、リーナの耳に不意に人の声が届いた。それは通信機を介した声では無かった。

 

「……聞こえるか、リーナ」

 

「この声は、達也!?」

 

 

 反射的にヘルメットの上から口を押えて、リーナは通信が切れている事に安堵する。

 

「そうだ」

 

 

 達也の声は、ヘルメットの中で奇妙に反響していた。彼が声を届けている手段は、日本でリーナのサポートを務めていたシルヴィア=マーキュリー・ファーストが得意とする魔法と原則的には同じもので、達也がリーナの言葉を理解しているのは、エレメンタル・サイトで彼女の声を情報として認識しているからだ。

 だがリーナにはその事が理解出来ていない。達也はその事をリーナに説明するつもりは無かった。

 

「リーナ、廃棄軍事衛星セブンス・プレイグの事は知っているか」

 

「何よ、いきなり。それがどうかしたの?」

 

 

 達也の唐突な質問に、リーナの反応は普通の女の子のように平凡なものだった。

 

「あれが地球に落下している」

 

 

 しかしこの答えを聞いては、もう平凡ではいられなかった。

 

「何ですって!? セブンス・プレイグが!?」

 

 

 愕然として問い返すリーナに対して、達也は落ち着いた口調で答えを返した。

 

「ああ。USNA軍は落下の事実を既に確認しているはずだ」

 

「ちょっと待って!」

 

 

 リーナは慌てて通信機能をオンにした。信じたくない思いと共に、達也が自分に言ってきたという事は事実なのだろうという思いが綯い交ぜになりながら、リーナはカノープスに問い掛けた。

 

「ベン、聞きたい事があるのですけど。セブンス・プレイグが……えっ、本当なのですか!?」

 

『総隊長殿?』

 

 

 カノープスの訝しげな声に、リーナは漸く我に返った。彼女は同時に、通信がニューメキシコと繋がった状態では、達也が話しかけてこられないという事にも気が付き、慌てて通信を切ることにした。

 

「ベン、すみません! 少し通信を切ります」

 

「確認が出来たようだな」

 

 

 リーナが推測したように、通信が切れた直後、達也が再び話しかけたきた。不謹慎かもしれないが、リーナはそれが少し嬉しく思えて仕方なかったのだった。




劇場版一の、ポンコツシーン……
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