劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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新たなフラグの予感が……


慰めの言葉

 横浜中華街某店では、無頭竜の東日本支部の面々が慌てていた。散々妨害工作をしたのにも関わらず、このままいけば一高の優勝が確定的だという報告が来たからだ。

 

「このままでは此処に居る全員がボスの粛清対象になるぞ」

 

「明日のミラージ・バット、一高の選手には強制的に失格になってもらう」

 

「そうだな。では協力者に連絡を入れるぞ」

 

「本命に勝たれたら損するのは我々だからな」

 

 

 摩利の怪我、森崎たちの巻き込まれた事故の原因を作り出し、更なる妨害を計画してる彼らの事を、影に紛れて調べている人間が居るなどと、無頭竜のメンバーは誰一人思っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あえて自己修復で治さなかった鼓膜をさっさと治し、達也はミラージ・バットに向けての最終調整をしていた。

 彼の耳が治ってるなどと知らない先輩たちは、達也の事を心配していたが、色々と話せない事情のある達也は、その事を申し訳無いと思っていた。

 

「お兄様、明日は絶対に勝ってみせますからね」

 

「深雪がそこまで意気込むなんて珍しいな。やはり優勝がかかってるからか?」

 

「それもありますけど、お兄様は私の期待に応えてくれました。力を制限されてるのにも拘らず、それをものともせずに勝ちを収めたお兄様に触発され、深雪も本気で優勝を狙ってみたいと思ったのです」

 

「既にピラーズ・ブレイクで勝ってるだろ?」

 

「それでもです!」

 

 

 意気込むのは良いが、達也は深雪が空回りしないかが心配だったのだ。もちろんそんな事が杞憂だという事は、思ってる達也本人も分かってるのだが、万が一という事が起こらないとも限らないのだ。

 

「そう言えばお兄様、医務室に安宿先生がいらっしゃったようですね」

 

「ああ、居たな。だがそれが如何かしたのか?」

 

「いえ……何でもありません」

 

 

 深雪が心配してたのは、医療的知識のある安宿が、達也本来の魔法に気付いてしまうのではないかという事だったのだ。達也がそれっぽい嘘を使って誤魔化しているとは言え、見る人が見ればあの攻撃は間違いなく直撃してるのだから。

 

「心配しなくてもあの事は気づかれてない。恐らく九島閣下も気付いて無いだろう」

 

「そうですか……もしお兄様の事情を知られたと、叔母様の耳に入ったら……」

 

「大丈夫だろ。あの人は基本的に俺の自由を約束してくれてるから」

 

 

 試合直後、また試合前日の選手の会話としては適切ではないかもしれないが、二人は試合の事などあまり気にしてなかったのだった。二人が気にしてるのは達也本来の魔法が誰かに気付かれたのではないかの一点だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、九校戦の本戦が再開され、花形競技であるミラージ・バットの予選が行われていた。深雪の試合は第二試合、第一試合には三年の小早川と言う先輩が参加するので、達也は深雪に連れられて観戦に来ていた。

 

「小早川先輩、随分と気合が入ってましたね」

 

「渡辺さんの代わりに、自分が勝つって言ってたからね」

 

「そうですか……何も無ければ良いのですがね」

 

「……司波君はまだ何か起こると思ってるの?」

 

「まだも何も、何一つ解決してませんからね。警戒はしてますが、手口が分からない以上如何する事も……」

 

 

 小早川を担当している平河小春と言うエンジニアと達也が話してるのを、深雪は横で聞いていた。達也が警戒してくれてるのは自分のためだと都合のいい解釈をして照れていたのだが、その横で真由美が不思議そうな顔をしてるのに気付いて表情を改めた。

 試合が始まり、小早川は順調に点数を伸ばしていくが、やはり三高がしぶとく食い下がってくる。第一ピリオドを終え、小早川と三高の選手との点数の差はあまり無かった。

 

「やっぱりしぶといわね」

 

「ですが、小早川先輩もしっかりと点数を重ねてますからね。このまま行けば予選突破は確実でしょう」

 

 

 達也の考えに、一高幹部全員が頷く。多少苦戦しているが、このまま何も無ければ小早川は予選突破出来るというのが一高幹部の考えだったのだ。

 だがその考えは、脆くも崩れ去る。小早川のCADから何かが弾けたように見えた次の瞬間、小早川は水面目掛けて堕ちていく……幹部全員の死角に移動していた達也が小早川と重力との関係を分解して、その後で大会委員の減速魔法で小早川は水面に打ち付けられる事は無かったが、小早川に恐怖を植え付けるには十分の時間が経っていた。

 

「(小早川先輩は、もう駄目かもしれない)」

 

 

 担架で運ばれていく小早川を見ながら、達也はそんな事を考えていた。死角に移動した分時間が経過してたので、達也も少なからず責任を感じていたのだが、彼以上に責任を感じている少女が居た。

 

「私の所為……私がちゃんとCADをチェックしなかったから……」

 

「平河先輩、落ち着いてください」

 

「でもっ!」

 

「恐らく誰かにCADを細工されたのでしょう。それも平河先輩がしっかりと調整した後に」

 

「お兄様、それでは」

 

 

 深雪が何かを言いかけたが、達也が通信端末が震えたのに気付いて手で制した。

 

『達也、今大丈夫かい?』

 

「構わない。それで、何か分かったか?」

 

『僕の方は……ゴメン』

 

「いや、分からなかったのは俺も同じだ」

 

『あっ、でも! 柴田さんが何か言いたい事があるって』

 

「美月が? 眼鏡を外してたのか?」

 

 

 幹比古から代わった美月が、興奮気味に何かを言おうとしてたのだが、慌てて何を言ってるのかがさっぱり分からなかったのだった。

 

「美月、落ち着け。深呼吸をしろ」

 

 

 達也のアドバイスで平常心を取り戻した美月は、彼女が見た事を達也に伝えた。

 

『役に立つでしょうか……』

 

「十分役に立った。これで犯人の目処がついた。ありがとう」

 

『は、はい!』

 

 

 達也にお礼を言われ舞い上がった美月は、電話越しでも分かるくらいのハイテンションになっていた。

 

「平河先輩」

 

「何……」

 

「デバイスチェックに出した後、CADは何処に保管してましたか?」

 

 

 達也の質問の意図が分からず、答えるのに時間を要したが、平河はしっかりと答えた。

 

「ちゃんと金庫に保管して試合まで誰にも触らせずにしてたわ……」

 

「そうですか……やはりな」

 

「司波君?」

 

 

 犯人を完全に特定してるような達也の態度に、平河は泣きそうになってるのを何とか堪えて問いかける。

 

「小早川先輩も、もしかしたら問題無く生活出来るでしょうし、平河先輩が責任を感じる必要は無いと思いますよ」

 

「でも、もしかしたら私は小早川さんから魔法を奪ってしまったんじゃ!」

 

「奪ったのは平河先輩ではありません。それは此処に居る皆さんが証明してくれますよ」

 

 

 一高幹部に目で問いかけ、真っ先に真由美と摩利が頷き、それに続くように克人も頷いた。

 

「それでは、俺は次の試合の為にデバイスチェックに行ってきます。もしかしたらそこで犯人を捕まえられるかもしれませんので」

 

「達也君、危ない事だけはしないでね」

 

「分かってますよ」

 

 

 真由美の忠告に軽く頷いて応え、達也はデバイスチェックの為に彼が組み上げたCADを持って移動するのだった。




小春さん、救済してあげたいな……

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