レオやエリカたちと合流して、三年生だけで寄り道した喫茶店アイネブリーゼでも、主な話題はアフリカで投入された戦略級魔法の事だった。
「でも、それって周辺諸国への挑発にもなるよね?」
話の流れから、大亜連合が戦略級魔法の使用を自ら公言した理由について、達也は生徒会室で泉美に答えたのと同じ説明を繰り返した。それに対するエリカの反応が、このセリフだった。
「そんな事は承知の上だろうね。抑止力と言うのは要するに、他国に対する威嚇だからな」
いかにも達也が言いそうなことだが、そう答えたのは幹比古だ。人の好い彼には似合わないようにも思えるが、今時の男子高校生には珍しくないセリフだ。
「新しい十三使徒は十四歳か。俺たちより年下とはなぁ」
第一報から一時間もしない内に、大亜連合から詳しいプレス向け発表があった。主な内容は敵対武装勢力の非人道的行為を非難し、戦略級魔法の正当性を訴えるものだったが、その中に新たな「使徒」の宣伝も含まれていた。
最初のニュースでは『劉麗蕾』という名前と性別しか分からなかったが、大亜連合の公式発表で十四歳の少女と明かされて驚いたのは、レオたちばかりでは無かった。
「年齢にも驚いたけど、あんなちっちゃい女の子が戦略級魔法師なんて……」
「本当に。国によって事情は違うとはいえ、なんだかやりきれないですよね……」
眉を曇らせたほのかの言葉に、同じような表情で美月が共感を示す。
「大人の言いなりになっているのは可哀想だと思うけどさ。国家公認なんだから、良い境遇だと思うよ」
エリカの口調が少し苛立たしげなのは、劉麗蕾の年齢が、当時助け出した九亜たちと同じだったからだ。日本、大亜連合に限らず、こういう悲劇は世界中で発生し続けているに違いない。闇に葬られる被害者が多い中、こうして陽の当たる舞台に押し上げられた少女は、ある意味で確かに幸運だったと言えよう。
「私は顔出しに驚いた」
「そうね。戦略級魔法師の個人情報は隠そうとするのが普通なのに、名前や年齢だけではなく本人の映像まで公表したのは確かに意外だわ」
エリカの発言が場の空気を沈ませる前に、雫がみんなの興味を別方向へ誘導し、それに深雪が続いた。だが深雪が雫のセリフに続いたのは、暗い話題を避けようという意図もあったが、言葉通り劉麗蕾の容姿が公開されたことに対する意外感も強かった。
「確かに国家公認戦略級魔法師の他にも、秘匿されている戦略級魔法師は存在しますものね」
「日本では国家公認戦略級魔法師は五輪澪さん一人ですが、国防軍が秘匿している戦略級魔法師が存在します。ですから、私たちも劉麗蕾の顔が公表された事は驚きました」
「あの少女が本当に霹靂塔の術者だとするならばな」
達也の推測に、深雪たちの話題に乗った愛梨と栞だけでなく、深雪と雫たちも「あっ……」という表情を見せた。劉麗蕾を名乗る少女が影武者である可能性を完全に失念していたらしい。
「本物だったとしたら、達也くんはどう思うわけ?」
「大亜連合は彼女を士気高揚の為のシンボルにするつもりではないかな」
「こんな幼気な少女が頑張ってるんだから、大人はもっと根性を見せろ、ってところ?」
「まぁ、そうだな」
さっき苛立ちを見せたのはエリカ本人にとっても不本意だったのだろう。彼女は達也の推測に対して、殊更砕けた解釈を見せ、その気持ちが理解出来ないでは無かった達也も、あえて口調に苦笑いを混ぜた。
「劉雲徳の戦死を大亜連合が認めたのも、『祖父の跡を継いだ健気な少女』のイメージを補強する為かな?」
「本当に孫なのかどうかは分からないけどね」
幹比古のセリフに、エリカが人の悪い笑みを浮かべてツッコむ。大亜連合の発表によれば、劉麗蕾は劉雲徳の孫娘だが、それを証明する証拠は何一つない。
「話は変わるけどよ……」
そう言ったきり、セリフの続きをなかなか口にしないレオに、幹比古が「どうしたの?」と問い掛けた。幹比古に促されて、レオが言い淀んでいた疑問を吐き出す。
「……死者八百人っていうのは本当なのかね? 激戦地域で民間人が殆ど住んでいなかったっていうのは嘘じゃないかもしれないけどよ。それにしたって少なくねぇか? 戦略級魔法なんだろ?」
レオの問いに答えられず、みんなの目がなんとなく達也へ向いた。
「シンクロライナー・フュージョンによる戦死者よりはすくないだろう。霹靂塔は直接的な殺傷の為の魔法というより、工場やインフラを破壊する為の魔法だからな」
「霹靂塔って、雷を落とす魔法じゃないんですか?」
意味が分からないという顔で、美月が質問する。まだ完全に理解していないのは、美月だけではなさそうなので、達也は説明を続けた。
「霹靂塔は、目標エリア上空で電子雪崩を引き起こす魔法と、目標エリアの電気抵抗を断続的かつ不均等に引き下げる魔法の、二種類の魔法から構成されている」
達也にそう言われて、他のメンバーは何となく納得したような表情を浮かべたが、美月だけは何のことだか分からないという表情を浮かべているのだった。
喫茶店でする会話ではないと思う