劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

132 / 2283
後半結構変えました


工作員の正体

 試合前のデバイスチェックは、もう何度も行ってきてる事だし、他の八校も行ってる事なので特別警戒する事でも無い。達也も深雪がミラージ・バットで使うためのCADを持ってチェックの順番待ちをしていた。

 このまま何も無く試合が始まれば、達也も試合中に警戒する事も無くなると思っていたのだが、そんな考えはCADが検査機に通された瞬間に消え去った。

 検査員の胸倉を掴み、地面に叩きつける。叩きつけられた検査員は悲鳴を上げかけたが、達也に鳩尾を膝で押さえつけられ声を上げる事が出来なかった。

 

「舐められたものだな」

 

 

 達也が暴行を働いたと通報があったのだろう。警備員が達也を取り押さえようと駆け込んできたのだが、達也の放つ殺気に圧されたのか、足を止めてその光景を眺めていた。

 

「深雪が身に付けるものに細工されて俺が気付かないとでも思ったのか」

 

 

 達也の言葉は、彼らの家庭事情を知らない人間には理解出来ない事だった。もちろん達也も理解してもらおうとは思って無いし、理解させようとも思って無い

 

「検査機を使って深雪のCADに何を紛れ込ませた。ただのウイルスではあるまい」

 

 

 この言葉に、検査員の表情は驚愕の色に染まり、達也を取り押さえようと駆け込んできた警備員の検査員を見る目が、被害者を見る目から加害者を見る目に変わる。如何やら達也の独り事は周りにも聞こえているようだ。

 

「この大会中に起こった事件、それを全てお前一人でやっていた訳では無いだろ」

 

 

 検査員は必死に首を振って助けを求める。だが達也に彼を助ける気持ちなど微塵も無かったのだ。

 

「そうか、言いたくないか。なら仕方ない」

 

 

 周りに見えるように、達也は右手で手刀を作り検査員の喉元へと向けた。ゆっくりと近づけられ、検査員は泣きそうな表情で必死に首を左右に振る。 

 その光景を見ていた他の全員は、何故だか同じ光景を想像していた。あの手刀は何の抵抗も無くあの咎人の喉を切り裂くだろうと。彼は決して触れてはいけないものに触れてしまったのだろうと。

 誰もが検査員の死を想像したその瞬間、この雰囲気を丸ごと包み込んでしまうほどの穏やかな雰囲気の持ち主がやって来た。

 

「何事かね?」

 

「九島閣下」

 

 

 九島烈の登場と共に、達也が放っていた殺気は綺麗さっぱり消え去ってしまった。

 

「君は、一高の司波達也君だね。何があったのだ?」

 

「はっ! 当校の生徒が使用するCADに細工が行われた為、その犯人を尋問、背後関係を聞き出していたところです」

 

 

 烈の質問に対し、達也は休めの体勢で答えた。周りの人間はそれだけで済ませた訳じゃないだろうと思っていたが、自分に発言権は無いと勝手に思い込み黙っていた。

 

「異物が紛れ込んだというのは、このCADかね? ……確かに異物が紛れ込んでおる。これは私が現役だった頃に東シナ海諸島部戦域で広東軍が使っていた電子金蚕だ」

 

 

 烈の言葉に、犯人の男の表情が完全に抜け落ちた。ここまでバレているのなら、如何言い訳しても助かる見込みが無いと悟ったのだろう。

 

「私たちはコイツの正体が判明するまでかなり苦労したのだが、君は電子金蚕を知っていたのかね?」

 

「いえ、電子金蚕と言う言葉は知りませんでしたが、自分が組んだプログラム内に異物が混入したのはすぐに分かりました」

 

「そうか」

 

 

 達也の答えを面白そうに聞いていた烈だったが、犯人に視線を移した時には、表情は幾多の戦場を経験してきた歴戦の魔法師の顔だった。

 

「それで、君はこの電子金蚕を何処で手に入れたのかな?」

 

 

 当然答える訳も無く、犯人は黙ったまま俯いていた。達也を取り押さえようとやって来た警備員に連行され、この場での騒ぎは終幕を迎えた。

 

「さて司波君、君もそろそろ会場に戻るといい。CADは予備のものを使うと良い。こんな状況だ、改めてチェックは必要ないだろ、運営委員長」

 

 

 烈の背後に居た年配魔法師に(それでも烈よりは一回りくらい若いが)話しかけ、運営委員長は必死に首を縦に振った。

 

「運営委員の中に不正工作を行う者が紛れ込んでいたなど、かつて無い不祥事。言い訳があるならゆっくりと聞かせてもらうか」

 

 

 烈の言葉に、運営委員長は顔を真っ青にして立ち尽くしていた。

 

「君にもゆっくりと話を聞かせてもらいたいものだがな」

 

「はっ、機会がございましたら」

 

「では、その機会が訪れる事を楽しみにしてるよ」

 

 

 烈がゆっくりと歩いていくのを、達也はジッと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也が一高の天幕に戻ると、心配そうな視線が何本かあったが、それ以外は九校戦が始まる前の視線に戻っていた。相手の事を警戒する視線や、畏怖の視線。達也は別に全ての視線に鈍感な訳では無い。畏怖や恐怖、敵意の視線などには鋭敏なのだ。

 

「お兄様……」

 

「すまない、心配を掛けたな」

 

「そんな事! お兄様は深雪の為に怒ってくださったのでしょ!」

 

「早いな、もう事情を知ってるのか」

 

「私だけではありません。此処に居る皆さんが事情を知ってます」

 

 

 深雪の言葉に釣られてか、一人の少女が達也に近付いてきた。

 

「司波君……小早川さんのCADもあの人に細工されたの?」

 

「恐らくは。詳しい事情は運営委員の取調べが終わらなければ分かりませんが、先ほど見せてもらいました小早川先輩のCADにも、深雪が使う予定だったCADと同じ異物が混入されていました」

 

「それじゃあ……」

 

「小早川先輩を棄権に追いやったのは恐らくヤツでしょう。検査機を使ってCADに細工していたようです。大会のレギュレーションに従うCADは、検査機のアクセスを拒む事が出来ませんからね」

 

 

 達也の説明を聞いて、小春は泣き出しそうな表情で達也に抱きつく。その光景を深雪は面白くないという表情を浮かべそうになったが、事情が事情なので何とか堪えた(もちろん達也には気付かれてるのだが)。

 

「私が気付けたら! 小早川さんはあんな目に会わなかったのに!」

 

「自分を責めないでください。俺も偶々気付けただけですが、あのまま気付けなかったら深雪にも同じ思いをさせていたかもしれない。そうなると俺も平河先輩と同じ状況になってたのかもしれませんからね。ですが、やはり自分を責めるのは良く無いですよ。小早川先輩の魔法師人生はまだ完全に閉ざされた訳でも、そう決まった訳でも無いのですから」

 

 

 達也の慰めに、小春は堪えていた涙を溢れさせ泣き出した。そのタイミングで天幕に入ってきた真由美とあずさは、目を開いて驚いていた。

 

「達也君、この状況は?」

 

「平河先輩を慰めてただけです」

 

「ふ~ん……そう言えば達也君が暴れた原因って、シスコンお兄さんが愛しの妹さんにちょっかいを出されそうだったからなんでしょ?」

 

「その表現は悪意を感じるのですが……」

 

 

 真由美の口調は何時も通りからかってる風だったのだが、表情は面白そうでは無かった。恐らく深雪と同じ感情なんだろうなと達也は思ったが、その事を口に出す事はせずに、小春が泣き止むまで頭を撫でていたのだった。




新たにフラグ建設完了、後で小早川のも建てるかも……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。