劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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達也の言う通りなんですよね


ディオーネー計画

 五月十二日日曜日、朝一番で報道されたそのニュースは、ロサンゼルスで現地時間前日十三時に発表された国際プロジェクトに関するものだった。発表者の名はエドワード・クラーク。USNA国家科学局(NSA)に所属している政府お抱えの技術者だ。その声明はNSAが世界各国に協力を呼びかけるという性質を持っていた。

 まだ何の根回しも出来ていない、アメリカが一方的に打ち上げた国際プロジェクト。名称は『ディオーネー計画』。それは魔法技術を用いて、木星圏の資源で金星をテラフォーミングしようという夢物語だった。

 金星の直径は地球の0.95倍、重力は0.9倍。この点では火星よりもよほど人類の移住先としては都合がいい。だが分厚い二酸化炭素の大気と硫酸の雲、温室効果によるものと推定される高温の為、環境改造は困難と判断され、宇宙植民計画の対象は火星へと移行している。地球からの距離を別にしても、低重力が人体にもたらすであろう悪影響を考えれば、人類の植民先は火星より金星のほうが望ましいだろう。通常技術であれば極めて困難な金星の大気改造を、魔法技術で実行しようというのが『ディオーネー計画』の趣旨だ。

 エドワード・クラークは『ディオーネー計画』の推進に必要な人材として、自分以外に九人の名を上げた。そこに含まれていたのは、科学者ばかりでは無かった。『マクシミリアン・デバイス』の社長ポール・マクシミリアンや、『ローゼン・マギクラフト』の社長フリードリヒ・ローゼンの名もあった。

 世界の二大魔法工学メーカーのトップに協力が求められたのは、その現実性は別にして妥当だと言えるだろう。国家公認戦略級魔法師「十三使徒」の一角であるウィリアム・マクロードとイーゴリ・アンドレビッチ・ベゾブラゾフは魔法学の権威としても有名なので、協力を得られる可能性はさらに低いが、名前が挙がった事に納得感はあった。

 この発表されたばかりの、現段階では絵に描いた餅でしかないプロジェクトに日本のマスコミが注目したのは、名前が告げられなかった十人目がいたからだ。エドワード・クラークは九人の名を列挙した後、カメラに向かってこう告げたのだった。

 

『もう一人、是非プロジェクトに参加して欲しい技術者がいます。居住国の法律ではまだ未成年ですので実名は申し上げられませんが「トーラス・シルバー」の名で活動している日本の高校生です』

 

 

 エドワード・クラークがこう締めくくり会見は終了した。その様子を報道していたニュースを見ていた達也は、事前に知っていたとはいえため息を吐きたくなっていた。

 

「傍迷惑な話だ……」

 

 

 珍しく時間があったので、リアルタイムでニュースを見ながらコーヒーを飲んでいた達也の隣に、これまた珍しく響子が腰を下ろした。

 

「マスコミは騒ぎ出すでしょうね。誰が『トーラス・シルバー』なのかって」

 

「誰が、という表現は適切では無いんですけどね。トーラス・シルバーは二人で一つのグループ名ですから」

 

「エドワード・クラークがそこまで知らなかったって事?」

 

「そうでしょうね。いくらトーラス・シルバーに参加を求められても、個人ではありませんので」

 

 

 屁理屈のように聞こえるが、これは紛れもない事実であり、また何の根回しもされていない内に発表された協力要請に達也個人が応える必要もないのだ。いくら魔法協会が名誉だからと言ったとしても、達也にそれを受ける義務は存在しないのである。

 

「まぁ、達也くんの屁理屈が何処まで通用するか分からないけど、この計画の本当の目的をマスコミ連中が正確に把握できるとも思えないしね」

 

「そもそも、発表された面子を考えれば、邪魔な魔法師を宇宙空間に放り出すのが真の目的だと分かりそうなものですけどね。どうせエドワード・クラークは、最初だけ参加して後から地球から指示を出すとか言い出すのでしょうし」

 

「あり得そうね……」

 

 

 そんな物騒な会話をしている二人に割って入るように、真由美がもう一方の達也の隣に腰を下ろした。

 

「達也くん、何でUSNAのエドワード・クラークが達也くんがシルバーだって知ってるのかしら?」

 

「さぁ、何ででしょうね。ただシルバーとしてではなく、あくまでトーラス・シルバーに参加を求めてるわけですから、俺個人を名指ししてるわけじゃないですし、例え名指しされたとしても、それに応えてやるつもりなどありません。最悪、USNA丸ごと消し去ればいいだけの話ですし」

 

「えっ、それはさすがに……いや、達也くんなら本当に出来るのよね」

 

 

 一昨年のハロウィン、達也は朝鮮半島の形を変えた、その事を知っている真由美は「冗談でしょ」という言葉を飲み込んで代わりにため息を吐いた。

 

「そもそも、四葉家の次期当主様をUSNAに差し出せなんて言えば、魔法協会だろうが何であろうが、四葉家の報復を受ける事になるでしょうしね」

 

「響子さんまで……物騒な事言わないでくださいよ」

 

「でも真由美さんだって、達也くんが宇宙に放り出されるのを善とは思って無いでしょ?」

 

「それは当たり前ですけど……というか、このニュースを聞いた深雪さんが大丈夫なのかどうか、それが今は気になってます」

 

 

 真由美の言葉に達也も頷き、深雪の様子を確かめるために司波家へ電話を掛ける事にしたのだった。




滅びたいんでしょうかね、いろいろな国は……

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