校長室から戻った達也は、何食わぬ顔で授業に参加した。
「達也さん、職員室でのお話しって何だったんですか?」
「後で詳しく話す。他の皆にも言っておいた方が良い話だし、何回も説明するのは面倒だからな」
「そんなに重大な事なのですか? まさか、能動空中機雷の開発責任を問われたとか!?」
美月の考えを、達也は笑顔で否定する。実際それよりも大事なのだが、自分で言ったように、何回も話すのが面倒な事なので、友人には食堂で、生徒会メンバーには生徒会室で、そしてそれ以外の婚約者たちには家で話すつもりだったのだ。
午前最後の授業は実習だったが、ジェニファーが訝し気な目を向けてくるのに構わず、達也はやはり何食わぬ顔で参加したのだった。
昼食の際、達也は珍しく深雪たちとは別行動をとり、エリカや美月、幹比古やレオといった友人たちに先に事情を説明し、放課後の生徒会活動の前に深雪たちに話題を切り出した。
「少し話しておきたい事がある」
「はい、ここで構わないでしょうか?」
「ああ、みんなにも聞いてもらいたい事だ」
場所を移さなくて良いのかと尋ねる深雪に、達也はこのままで構わないと答えた。何を話すかは何となく察しがついているが、彼の意図が分からずに困惑気味だったが、ひとまずは達也の言う通りにしたのだった。
生徒会長のデスクから、会議用のテーブルに移動する。達也は深雪の正面に座り、ほのかと泉美と詩奈は自分の席からテーブルに身体を向け、水波は深雪の斜め後ろに立った。ピクシーは部屋の隅に置いてある椅子から立ち上がり、二人分のお茶を淹れて持ってくる。達也の席からは、水波が表情を変えずにムッとしたのが良く見えた。
「それで達也様、お話しとは?」
ピクシーがテーブルから離れるのを待って、深雪が問い掛ける。全員が達也の回答を聞き逃すまいと耳をそばだてた。
「今朝、校長室に呼ばれて授業への出席を免除すると申し渡された」
「何故ですっ!?」
深雪がたちまち血相を変えて立ち上がり、テーブルに身を乗り出す。深雪だけではなく、ほのかも椅子から立ち上がり、達也の背後に詰め寄った。
「理由は後で詳しく説明する。停学や謹慎ではないと言われたが、本音はしばらく俺に登校して欲しくないのだろう」
「……外聞を憚る理由なのですね?」
深雪が椅子に戻った。懸命に落ち着こうとしながら、自分に言い聞かせるように尋ねる。
「そうだ」
「……もしかして、九校戦が中止になった事に関係があるのですか?」
深雪が席に座ったのを見て、泉美が横から質問を挿んだ。
「直接の理由ではないが、それもあるかもしれない」
「じゃあ、直接の理由ってまさか……」
今度は立ったままのほのかが、質問とも独り言ともつかぬセリフを漏らした。ほのかは「達也さんがトーラス・シルバーだとバレて、プロジェクトに参加するように言われたでは?」と言いかけて、何とか口を噤んだのだ。それは完全に正解だったが、達也がほのかが何を踏みとどまったのか理解し、褒めるような視線を向けたので、ほのかは「何でもありません」と首を横に振って、質問を呑み込んで席に腰を下ろした。
泉美や詩奈はほのかの事を訝し気に眺めたが、達也が何も言わずに深雪の方へ視線を向け直したので、二人とも視線をほのかから達也に移した。
「この件に関し、家の方からも何か言ってくるかもしれない」
彼が言及した「家」が四葉家であることは、ここにいる全員が理解した。
「暫く学校に来られなくなる可能性は否定出来ない。だから、生徒会役員を辞めさせてほしい」
生徒会室を沈黙のヴェールが覆った。深雪は口を開かず、達也は彼女の回答を待っている。泉美は深雪を、ほのかは達也を無言で見つめている。詩奈は深雪と達也の間でオロオロと視線を往復させ、水波は目を伏せたままじっと立っている。
冷めてしまったお茶を取り換えようと、ピクシーが湯呑を下げると、すかさず水波が新しいお茶を達也と深雪に出し、ピクシーに向けて笑みを浮かべ、深雪の背後に戻る。
それから暫くして、深雪が漸く、沈黙を破り苦し気な声で、答えを絞り出した。
「……分かりました。しかし生徒会役員を外れてしまうと、校内でCADを携行出来なくなってしまいます。名目上だけでも、生徒会役員に留まっていただく方がよろしいかと存じますが」
「しかしそれでは、けじめがつかない」
「誰にも、文句は言わせません」
深雪が公私混同の暴言を口にし、達也は当然それを窘めようとしたが、今にも泣き出しそうな深雪の悲壮な眼差しに、達也は叱責を引っ込めた。それに深雪だけではなく、ほのかや水波も深雪の意見に賛同するような視線を達也に向けているのに気が付き、達也はため息交じりに答えた。
「……分かった。お前の言う通りにしよう」
達也の返事に満足げに頷いた深雪たちとは別に、達也はもう一度ため息を吐いた。高校内部の秩序など、達也にとっては実の所どうでも良い事だし、自分の事を厄介者扱いしている校長相手に、名目など気にするつもりもなかったのだ。
「水波、後は任せるからな」
「はい、この命に代えましても」
「そこまで大げさな事じゃないだろ」
達也がガーディアンとして自分に告げていると理解した水波の態度に、達也は苦笑いを浮かべながら誤魔化す。七草家や三矢家の耳に入ることを気にしての事なのだが、実際そこまで大げさな事にはならないと達也は思っているからでもあった。
水波の覚悟は立派だと思います