達也との通話を終えた真夜は、笑顔を消し不快感を露わにした顔でティーカップの中身を飲み干した。カップをデスクに戻すが、ソーサーにカップの脚が触れる直前、真夜はカップを宙に放り投げた。
その直後、室内を「夜」が満たす。闇ではない。星が煌めく夜空だ。星が流れる。流星が四方八方からティーカップに殺到する。夜が去り、人工の明かりに照らされた床にカップの欠片が落ちた。
「誰か、掃除を」
真夜の背後から、一片の動揺もない声が上がる。葉山の命令に「はい、ただいま」と応えて、お仕着せに身を包んだ女中が箒と塵取りを持ってきた。
わざわざ手で床を掃いてカップの残骸を片付けた女中が室外に下がる。彼女の姿が見えなくなってから、葉山が真夜の視界の中に移動した。
「奥様、新しいお茶をお持ちしましょうか?」
「いえ、結構よ」
真夜の声には、わざわざ『流星群』まで使った癇癪の余韻も残っていない。
「今回はUSNAに出し抜かれてしまいましたな」
「……認めるわ」
真夜は不承不承という声で、葉山の声に応える。
「葉山さんが言っていた通り、私はフリズスキャルヴに頼り過ぎていたようね。システムが停止した途端、このざま」
真夜が自嘲気味に唇を歪めたのを見て、葉山が慰めの言葉をかける。
「いえ、奥様。今回の件は、事前にそのような兆候があったにも拘わらず出し抜かれたのですから、向こうが何をしでかすか分かっていても防ぎようが無かったと存じます。我々の手も、USNAの国家機関には届きませんので」
「……エドワード・クラークを暗殺するくらいの事は出来たのではなくて?」
「その仮定は無意味かと」
「……そうね。心にも無い事を言って強がるのは止めましょうか」
仮に可能であっても、暗殺指令など出さなかった。葉山はそう指摘し、真夜はそれを認めた。
「奥様。私めは、このタイミングでフリズスキャルヴが停止したことをこそ重視すべきと愚考致します」
「エドワード・クラークとフリズスキャルヴの間に、関係があると?」
葉山の指摘に、真夜が軽く目を見張り尋ねる。
「フリズスキャルヴは全地球通信傍受システム・エシュロンⅢのハッキングシステムでございます。NSAの職員が関わっている可能性は、十分に考えられるかと」
「……そうね。今の状況を直接左右するファクターにはならないと思うけど、心に留めておきましょうか」
真夜の呟きに、葉山は恭しく一礼した。
真夜が癇癪を起してティーカップを粉々にした頃、達也は家にいた婚約者全員に今回の件について説明と、暫く伊豆に引っ込む事を告げた。
「つまり、この家のセキュリティは大幅に落ちるという事?」
「響子さんがいるからそれほど落ちるとは思えないが、俺個人で行っていた周辺の警戒の面から見れば、落ちると言わざるを得ないだろうな」
「何で達也さんが謹慎しなければいけないのですか! 学校でも言いましたが、達也さんは何も悪くないじゃないですか! 学校や政府が名誉の押し売りをしているだけで、達也さん個人の考えを無視してるだけなんですから!」
「ほのか、落ちついて。でも、私もほのかと同意見。達也さんが謹慎しなきゃいけない理由なんてどこにもないし、学校側の申し出は受ける必要は無いと思う」
「ですが、達也様の周りに煩わしいマスコミやプロジェクトに参加すべきだと押しかける魔法師が多くなるのは確実ですし、達也様が煩わしい思いをしたくないと思われるのでしたら、伊豆に行くのも手だと思いますが」
感情的になるほのかや雫とは違い、愛梨は冷静に今回の件を分析し、達也が伊豆に行くというなら仕方ないという姿勢を見せた。
「あたしも気持ち的にはほのかや雫と同じだけど、愛梨の言ってる事も正しいと思う。そもそも参加するかどうか決めるのは達也くんなんだし、周りがとやかく言う権利は無いんだけどね。鬱陶しいのはあたしも嫌だし、達也くんと会えなくなるのは寂しいけど、ずっと会えないわけじゃないんでしょ?」
「時間が合えば、遊びに来てくれて構わない。もちろん、そんなに長い時間謹慎するつもりは無い」
「こんな時になんだけど、達也」
「何だ?」
気まずそうに声をかけてきたリーナに、達也は視線だけで先を促した。
「一度USNAに戻ってこいってバランス大佐が……」
「何故だ? リーナは既に軍から抜けた事になっているんだろ?」
「戦略級魔法師『アンジー・シリウス』はアメリカにいる事になってるからだと思うけど……すぐに帰ってこられると思うし、四葉家御当主にも話は付けてあるから、後は達也の許可だけなんだけど」
「リーナが戻る必要があると判断したなら、俺はその考えを尊重しよう。向こうにはシルヴィアさんもいるのだろうし、不安ならミアさんを連れて行ってもいい」
「そう? ならミアを護衛として連れていこうかしら。もちろん、危険と判断したらすぐに帰ってくるから。これでもプライベートジェットを持ってるんだから」
「でもそれって、軍が管理してるんでしょ? リーナが軍を出し抜けるとは思えないんだけどー?」
「大丈夫よ! ベンがしっかり管理してくれてるはずだから」
「ふーん」
なんとも頼りないリーナの返答だったが、エリカは緊張しているリーナをからかってそれを解そうとしただけなので、リーナの返答にはまともに取り合わずに興味なさげに呟くだけだった。
とりあえずリーナをアメリカに向かわせておかないと駄目なので