達也がゲート・キーパー以外の手で克人を無力化すると聞かされて、真由美は自分が何をすればいいのか何となく理解した。
「つまり、私は達也くんを裏切って十文字くんの手伝いをしてる風に思わせればいいのね?」
「先輩の性格からすれば、こんな関係になってなくても首を突っ込んできていたでしょうし、十文字先輩もそこまで不審がらないと思います」
「でも、婚約者を宇宙に追いやる計画に賛成してるなんて、十文字くんもさすがに不審がらないかしら?」
「彼が真の意味を理解していれば訝しむでしょうが、あくまで名誉だと思っているだけなら大丈夫でしょう。自分の婚約者が世界的なプロジェクトに参加するなんて、とかなんとか言ってみせれば信じるでしょう」
「白々しくならなければ良いけど……」
「大丈夫ですよ。先輩の演技は最初から白々しいので」
「どういう意味よ!」
達也の冗談に、真由美は本気で拗ねてみせる。確かに白々しいのは何となく自覚していたが、それを指摘されて面白いと思える程、真由美は大人になり切れていないのだ。
「ところで、この事は他の婚約者には秘密なのよね? こんな時間にわざわざ呼び出して頼むって事は」
「あまり大勢に言える事でもありませんので。先輩の判断に教えておく相手は選んでください」
「とりあえずリンちゃんには教えておかないとね。最初から疑ってる人間だから」
真由美の頭の中で、自分の立ち位置を教えておいた方が良い相手をリストアップしてる間に、達也は深雪にメッセージを送る。
「そういえば、深雪さんはそのままの家で生活を続けるの?」
「一時的に調布のマンションに引っ越すそうです。マスコミ連中も、四葉のビルだと分かっていて突撃はしないだろうと」
「どうかしらね。達也くんが四葉の御曹司だと分かっていて尚、能動空中機雷の事を騒ぎ立てたんだし」
「俺個人相手と、四葉の魔法師全てがいるかもしれないビルを同列視するのはどうかと思いますが」
「よく言うわよ。達也くん一人で、国一つなんて簡単に滅ぼせるんだから。どっちも怖いわよ」
「世間は、俺の魔法の事をよく知らないでしょうし、さすがに一人で国一つ滅ぼすとなると、疲れるでしょうし」
「それだけじゃ済まないわよ、普通……」
国一つ滅ぼして疲れたで済む魔法師など、世界に数えるほどしかいないだろうと真由美は思っている。十三使徒の中にも、国一つを簡単に滅ぼせる魔法師がどれほどいるのか、真由美には分からないからだ。
「とにかく、私は二重スパイをすれば良いわけでしょ? 十文字くんにある程度の達也くんの情報を与えつつ、その動向を達也くんに教えるのが私の仕事ってわけね」
「もちろん、四葉家の内情については話しちゃ駄目ですからね。俺以外から粛正が入ると思いますので」
「というか、それほど重要な事は知らないわよ? ゲート・キーパーだって、婚約者ならだいたい聞いてるし」
「十文字克人も、それほど四葉家の事情を知りたがりはしないだろうが、先輩が口を滑らしたと判断した場合は、先輩もろとも片付けますのでそのつもりで」
最後の達也の言葉が冗談ではないと、真由美は視線に込められた殺意で理解し、無言で頷いたのだった。
翌朝、いつも以上に白熱した組手の後、達也は暫く修行を休ませてほしいと八雲に告げた。
「別に構わないよ。君は僕の弟子という訳じゃないから、堅苦しく考える必要は無いよ。何時辞めても良いし、手が空いたら何時でも相手するよ」
「ありがとうございます、師匠」
「ただ、事情は聞いておきたいかな。やっぱり、アメリカの宇宙開発計画が原因かい?」
八雲の顔は、好奇心で満たされていた。これには達也の方が苦笑いをしそうになったが、その軽い衝動は、唇を歪める前に消滅した。
「直接の原因はそれです。暫く、伊豆の別荘で謹慎する事になりました。それと併せて、深雪の方も調布に引っ越す事になりました」
「そうか。遠くなるね」
「通えない距離ではありません。差し支えなければ、謹慎が明けてからまた稽古をつけていただきたいのですが」
「もちろん、構わないよ。それより達也くん、深雪くんの事が心配だろう? 伊豆と調布、君ならひとっ飛びの距離とはいえ、一瞬で移動出来るわけじゃないからね」
「心配でないと言えば嘘になりますが、深雪まで学校を休ませられません」
「四葉家から追加で護衛が手配されるんだろうけど、君以上の手練れなんてそうそういるものじゃないからね。解決には時間が掛かりそうだし……僕も目を配っておくことにしよう」
「そうしていただけると心強いですが……何故そこまでしてくださるのですか?」
達也は何か裏があるのではないかと考え尋ねたのだが、すぐに「聞かなければよかった」と後悔した。達也に問われて、八雲は「待っていました」と言わんばかりに唇の端を吊り上げた。
「僕もまだ死にたくないからね」
「……どういう意味でしょう」
「深雪くんに万が一の事があったら、君は世界を滅ぼしてしまうだろう? 幾ら僕でも、核を超える炎の中で生き延びる自信は無いよ」
達也は、何も言い返せなかった。ただ苦虫を噛み潰した表情で口を噤むだけだ。もしまた、深雪に万が一の事があったら。そして今度は、間に合わなかったら。自分から深雪を奪った世界に対して、達也は何もしないでいる自信は無かった。
からかいなのか、本気なのか