劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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個人の意見を無視する世論なんて……


達也の現状

 その日、達也は教室に姿を見せなかった。学校には登校しているが、朝から図書館に篭ったまま、昼食も摂らなかった。下校時、深雪たち合流するために、漸く図書館から出てきた。彼の友人も遠慮して達也に近づかなかった。婚約者であるエリカやほのかたちでさえも、駅までの道のりで達也と深雪の間に割り込むような事はしなかった。二人の近くには、背後に付き従う水波しかいなかった。次の日も、状況は変わらなかった。その、次の日も。

 木曜日の放課後、閉門時間三十分前のカフェテラス。その一角に陣取るグループの中で、こんな声が上がっていた。

 

「そろそろヤバいんじゃない?」

 

「ヤバいって……達也の事?」

 

「決まってるじゃない」

 

 

 エリカが零した言葉に反応した幹比古に、エリカは鋭い視線を向けた。

 

「出席日数は大丈夫なんだろ?」

 

「ええ……校長先生直々に、出席を免除すると言われたらしくて」

 

「確かにヤバい」

 

「えっ、雫さん、どうしてですか?」

 

 

 一見会話の流れを無視したような雫の発言に、美月が首を傾げる。

 

「達也さんは学校に来る必要が無くなった」

 

「北山先輩、達也先輩がこのまま学校に出てこなくなるという事ですか?」

 

 

 この席にいるのは三年生だけではない。泉美に付き合いを強要されて居心地が悪そうにしていた香澄が、誰も口にしようとしないことをあえて言葉にした。

 

「状況が落ち着いたら戻ってくると思うけど、校長や教頭は、このまま達也さんにディオーネー計画に参加してもらいたいと思ってる」

 

「達也くんが言ってた、名誉の押し売りってやつ?」

 

「うん。達也さんに授業免除を言い渡したのだって、政府や魔法協会に学校運営に介入されたくないからだろうし、校長は達也さんの態度が気に食わないような感じだったらしいから」

 

「それは私も感じました。前に襲われそうになった時、私一人が校長先生に説明する事になったのですが、あの時の態度は、生徒を見下してるようにも感じられましたし」

 

 

 泉美の言葉に、ほのかの顔から生気が抜けていく。それを見た雫が、慌ててフォローを入れる。

 

「校長先生がどう思っても、最終的に決めるのは達也さんだから」

 

「そ、そうだよね!」

 

「でもさ、言い方は悪いけど、達也くん一人を差し出せば魔法師の未来が変わるかもしれないのなら、世論は校長たちの味方をするでしょうね」

 

「エリカ! そんなこと言わなくても良いだろ!」

 

 

 エリカが苛立ちの感じられる口調で火を投げ込むと、ほのかの表情が固まってしまった。それを見た幹比古が反射的に叫んだ。他のグループに聞こえるような声量ではなかったが、口調は「怒鳴りつける」と表現する以外にない程荒々しかった。

 

「落ち着けよ、幹比古。エリカは間違った事は言ってねぇし、実際に世論がトーラス・シルバーにディオーネー計画に参加させるように動いてるのは分かってんだろ?」

 

「そんな事は分かってるよ! でも、わざわざ口にしなくても良いじゃないか!」

 

「美月や光井がショックを受けるからか? 俺はそんな必要無いと思うけどな」

 

「……あんた、達也くんが学校からいなくなってもどうでも良いと言いたいの?」

 

 

 レオのセリフはエリカを弁護するものだったが、レオに噛みついたのはエリカだった。

 

「どうでもよくはねぇけどよ。達也が学校を辞めたって、俺たちが達也のダチだって事に変わりはねぇだろ」

 

「……アンタのそういうとこ、本当に敵わないと思うわ。単純バカも偶には良いこと言うわね」

 

「おい……そりゃ褒めてんのか、貶してんのか?」

 

「あたしは事実を言っただけよ」

 

「このアマ!」

 

「ストップ! レオも落ち着いて」

 

 

 不穏な空気を漂わせ始めたレオを、今度は幹比古が制止する。

 

「西城先輩のご友情は真、尊敬に値すると思いますが、私はやはり、司波先輩には学校を辞めないで欲しいです」

 

「えっ?」

 

「司波先輩が学校を辞められたら、深雪先輩が悲しまれるに違いありませんので……」

 

「あぁ、そういうことね……」

 

 

 泉美が達也に残ってほしいと言った時は驚いた表情を浮かべた香澄だったが、その理由を聞いて納得したような表情に変わった。

 

「そうか! だったら大丈夫」

 

「えっ、何が?」

 

 

 泉美の言葉にポンと手を打ちそうな勢いでそう言った雫に、ほのかが詳細を尋ねる。

 

「達也さんが退学したら、深雪も学校に残っていない」

 

 

 雫の予測に、泉美が蒼褪める。だが雫の予測はここで終わりではなかった。

 

「深雪が学校を辞めるなんて、達也さんも許容出来ないはず」

 

 

 続きを聞いて、泉美の顔色はすぐに反転し、興奮して赤くなる。

 

「そうです! 深雪先輩の為ならば」

 

「達也さんも学校を辞めたりしないよ」

 

 

 泉美のセリフを、雫が完成させた。

 

「……でもそうすると、この状況ってやつを何とかしなきゃならないんじゃないんですか?」

 

 

 めでたしめでたし、という空気の中、侍朗が遠慮がちに発言すると、たちまちテーブルのムードは再降下した。詩奈から「何言ってるの!?」という厳しい眼差しを向けられ、侍朗は肩をすぼめ縮こまる。意図せぬ無言の時が過ぎ、気まずい雰囲気が更に悪化する中、カフェのモニターがいきなりニュースに切り替わった。

 

「おいおい……マジかよ」

 

 

 ニュースの途中でレオが呟く。カフェに残っていたのはレオたちのグループだけではなかったが、それを邪魔だと窘める声は無かった。恐らく、全員が同じ思いだったのだろう。




達也は公人じゃないんですけどね、まだ

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