劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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真夜さんやる気なし


オンライン会談 前編

 招集から一時間後、翡翠が見ているオンライン会議のモニターには一条、二木、三矢、四葉、五輪、六塚、七草、七宝、八代、十文字各家当主が顔を揃えていた。

 

『四葉殿、その節はお世話になりました』

 

『一条殿、お加減はよろしいのですか?』

 

『おかげさまで、すっかり回復しました』

 

『それはようございました。それで会長、私たちを集められたのは、いったいどのような問題に対処する為なのですか?』

 

 

 いきなり翡翠を無視して話始めた一条剛毅と真夜に相槌を打ちつつ、二木舞衣が無視された格好の翡翠へみんなの注意を誘導する。舞衣のお陰で、出鼻を挫かれていた翡翠はなんとか態勢を立て直した。

 

「……皆様、お忙しい中、かくも速やかにお集まりいただきありがとうございます」

 

『緊急招集とのことでしたので。いったい、どのような「緊急事態」なのか、すぐにお聞かせ願えませんか』

 

 

 七草弘一が皮肉な口調と冷たい声で先を促す。そのプレッシャーに、翡翠は泣きそうになった。彼女は決して心が弱い女性ではないが、白刃で斬り合うような修羅場には慣れていない。もっとじっくり下準備をしてから交渉事に臨むタイプだ。

 

「はい。皆さん、お察しになっているかもしれませんが、USNAの技術者が呼びかけた金星開発計画についてです」

 

 

 翡翠は会長としての責任感で何とか踏みとどまって本題に入った。

 

「昨日、新ソ連がプロジェクトへの参加を表明したことにより、日本魔法協会としても早急な対応を余儀なくされてしまいました」

 

『何故協会が? エドワード・クラークは個人の参加を呼び掛けていたはずですが』

 

「表向きはそうですが、日本人が一人、指名されてしまいましたからねぇ」

 

「それはアメリカ人の勝手だ。我々が従わなければならない義務はない」

 

 学者的な口調で七宝拓巳が指摘し、苦笑い気味に応じたのは八代雷蔵、気分を害した表情と声で六塚温子が吐き捨てた。

 

「ところが、そうもいかないんです」

 

 

 翡翠が内心ビクビクしながら発言すると、案の定モニターには彼女を睨みつけている顔が映し出された。しかもそれは、温子一人分ではない。翡翠はさらに泣きそうな顔になりながらも、破れかぶれの心境で言葉を続けた。

 

「現在魔法師は、平和の敵と謂れのない非難を浴びています。反魔法主義者の幼稚なプロパガンダですが、立て続けに使用された戦略級魔法、戦術級魔法がそのプロパガンダに説得力を与えています」

 

 

 卓上モニターの中で、当主たちの視線が動いた。画面サイズが小さいので少し分かりにくいが、視線を集めたのは真夜だった。『反魔法主義に説得力を与えている戦術級魔法』が達也の開発した能動空中機雷であることは、皆言われずとも理解していた。

 

「クラーク博士のディオーネー計画は、魔法が軍事面以外で人類に寄付する事を示す格好の材料になるのです。国際魔法協会本部は、ディオーネー計画に対する全面支援を表明する準備に入っています。アメリカ、イギリス、新ソ連の協会は独自にプレス発表を予定しているとも聞いています。ドイツはアメリカ政府に対して、ローゼン・マギクラフト一社に留まらない企業連合体での参加を打診しているようです。こうした動きに、日本が乗り遅れるわけにはいかないのです」

 

『焦る会長のお気持ちは分かりますが、具体的にどうするのです? トーラス・シルバーを探し出して、参加を強制するのですか?』

 

 

 五輪勇海が咎めるような表情で問う。彼は一昨年、虚弱な娘を「戦略級魔法師である」という理由だけで戦場に送り出さなければならなかった。それ以来、個人に全ての負担を押し付けて体裁を取り繕うようなやり方に嫌悪感を覚えている。

 

「……実は、探し出す必要は無いのです」

 

 

 翡翠も、単なる言い訳の為に人身御供を差し出すようなやり方は心情的に良しとしていない。その感情が逆に、「自分が泥をかぶらなければ」という変な力みに繋がっていた。

 

「トーラス・シルバーは――四葉様。貴女のご子息ですよね?」

 

 

 真夜が「何故そう思うのですか?」とカメラの向こうから翡翠に目で問いかける。その視線に臆しながらも、翡翠はその根拠を口にする。

 

「アメリカ大使館から書状を受け取りました。本人が未成年であることを鑑み、今のところ指名の公表は控えるから、その代わりトーラス・シルバーこと、司波達也氏の説得に力を貸してほしいと」

 

『体の良い脅迫だな』

 

 

 苦々しい声で剛毅が呟く。反感を露わにしているのは、彼だけではなかった。だが最も当事者に近い真夜が、誰よりも平然としていた。

 

『実を申しますと、この件については一高の百山先生からもお話がありましたが、私は達也本人の決断に任せております』

 

 

 モニターの中から真夜が笑い掛ける。翡翠は真夜と同年代だが、声の震えを抑えるために数秒の時間を必要とした。

 

「――四葉様から説得してくださるおつもりは無いと?」

 

『あのような計画に我が家の次期当主を差し出すつもりはありませんので。お話がそれだけなら、私はこれで失礼させていただきたいのですけど?』

 

 

 取り付く島もない答えを返し、これ以上の問答を拒絶する姿勢を示す真夜に、翡翠は引き止める事は出来ないと諦めた。

 

「……お忙しい所、ありがとうございました」

 

『それではこれで』

 

『私も失礼させていただきます』

 

『では私も』

 

 

 真夜の顔が、モニターから消え、それに便乗するように、六塚温子、八代雷蔵がオンライン会議から退席した。




六塚家と八代家は四葉側なんですかね

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