ニューファンドランド島西五百キロ、大西洋公海上にUSNA大型航空母艦エンタープライズは停泊していた。二千フィート級、全長六百メートル。大戦前の原子力大型空母の二倍に迫る巨体を、原子炉を使わず動かしている技術は世界中から注目を集めている。
その巨大空母に、小型輪送機が着艦しようとしていた。戦闘機四機に護衛された高速輪送機だ。見たところVTOLやSTOVLのような垂直着陸機能はない。
「(あの機にベゾブラゾフが……)」
スターズの礼装を身に纏い仮面を脱いで、黄金の瞳で接近する輸送機を見上げてリーナが心の中で独り言つ。新ソ連の十三使徒、イーゴリ・アンドレビッチ・ベゾブラゾフ。『イグナイター』の異名を持つ、戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』の使い手。先日のインタビューに登場するまで、その外見は新ソ連の軍事機密という事になっていたが、USNA軍は把握していた。ベゾブラゾフの所在も、常時というわけにはいかないが掴んでいた。
彼は新ソ連アカデミーのメンバーでもあり、新ソ連随一の現代魔法学の権威だ。外見と所在を隠し通すのは、元々無理があったといえる。しかしベゾブラゾフの戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』の正体は、現在の所判明していない。魔法のシステムだけでなく、その効果も判然としない。分かっているのは『トゥマーン・ボンバ』という名称と、それが非常に広い範囲に爆発の被害をもたらすという事、そして八年前にベーリング海峡を挟んで発生した米ソの武力衝突で、先代のシリウスを葬り去ったということだ。
小型輸送機がアプローチに入った。空母の着艦手順は百五十年前から本質的に進歩していない。垂直着陸機能を持たない機体は、アングルド・デッキ、アレスティング・ワイヤー、アレスティング・フックの組み合わせで再アプローチの余地を確保しつつ、ワイヤーにフックをひっかけて強制的に減速する。艦の全長を六百メートルまで伸ばしても、逆噴射ブレーキだけでは確実に停止出来るレベルに至っていない。発艦用の技術は大きく進歩しているが、着艦用の技術はワイヤーによる減速のショックを軽減するに留まっている。
「(……アレスティング・フックが下りていない?)」
リーナは接近する輸送機に違和感を覚え、すぐにその原因を発見した。気づいたのはリーナばかりではなく、甲板上にざわめきが広がった。
「エンジンの出力を絞りすぎだ!」
「あれでは墜ちる……!」
空母のスタッフが声を上げる。リーナは事故を防止すべく、CADを操作した。次の瞬間、輸送機が想子光に包まれた。魔法発動対象に生じる、余剰想子の非物理光だが、リーナの魔法はまだ発動していない。
「(あの魔法は、中から!?)」
リーナは輸送機に作用している魔法が機内から放たれたものであることを感知した。輸送機のランディングギアがデッキを捕らえる。小型ジェットが滑らかに、通常ではありえない減速度でスピードを落とす。
「(慣性制御と加減速制御。あんなに自然に減速するなんて……)」
通常タッチダウンから千メートル走るところを、百メートルに縮めた着陸。その減速には、少しも無理がなかった。
「(あんな緻密なコントロールをどうやって……あれが『イグナイター』ベゾブラゾフ……予想以上の実力ね)」
リーナは今の魔法がベゾブラゾフによるものだと疑っていなかった。
ベゾブラゾフが到着したすぐ後に、マクロードを乗せた輸送機も着艦した。そしてすぐに、三人の会談が始まった。この部屋にいるのはエドワード・クラーク、イーゴリ・アンドレビッチ・ベゾブラゾフ、ウィリアム・マクロードと、アンジー・シリウスに変身したリーナの四人。リーナがクラークの背後に控えているのは、彼だけ魔法が使えない一般人だからだ。
ベゾブラゾフとマクロードは戦略級魔法師。クラークの護衛にはやはり、戦略級魔法師がついていた方が良いだろうとマクロードがアンジー・シリウスの同席を提案したのである。
「クラーク博士。お約束の通り日本の戦略級魔法師、トーラス・シルバーの正体を教えてください」
それは会議の冒頭。ベゾブラゾフがいきなり、クラークにこう尋ねた。その言葉にリーナの身体がビクッと震える。現在の「アンジー・シリウス」は仮面を取った状態だ。だから彼女が酷く驚いているのが他の三人のも分かった。
「クラーク博士。博士はお味方にも情報を伏せていらしたのですか?」
マクロードの声は呆れ気味だ。アンジーの思いがけない反応に、ベゾブラゾフも息を勢いを殺がれた感じだった。もっともそれは、事態の方向性に影響を与えるものではなかった。
「正体が判明したのは最近の事ですから。トーラス・シルバーの本名は司波達也。あの『四葉』の次期当主です」
クラークは白々しい嘘を挿んで、決定的なセリフを口にした。
「(達也、バレてるわよ……まぁ、あの達也がこの程度の事を把握してないわけ無いし、私をこの会談に向かわせたのは、こっちの情報を得る為だろうしね)」
正体を教えろという言葉に過剰に反応したが、決定的なセリフが発せられても、リーナが驚かなかったのはその考えがあったからだ。スターズが総力を以てしても決定的な証拠が出なかったのに、クラーク一人で達也の正体を調べ上げられたことに驚いただけで、正体云々は既に達也から聞いているし、この会談が達也を宇宙に追いやる為のものだという事も、リーナは既に知っているのだから。
リーナは知っているので、原作のような衝撃はありません