生徒会の先輩二人から危険人物扱いされた本人は、そんな事知らずに達也に甘えていた。九校戦が始まってからこうして達也に甘えられる時間など無かったので、ある意味で欲求不満だったのだろう。
もちろん深雪本人にそんな事を聞いても認めないとは思うが……
「さて、そろそろ試合が始まるぞ」
「分かってます。お兄様、深雪は必ず勝ってみせますから」
「頑張ってこいよ」
本戦ミラージ・バットの予選第二試合には、摩利と並んで優勝候補といわれている選手が参加する。いくら深雪でも本戦の優勝候補といきなり当たるとは思って無かったのだが、どうせ当たるのなら早めに当たってしまいたいと考え直す事にしたようだった。
「(決勝で当たるよりも、予選で当たってさっさと勝ってしまいましょう)」
自分が負けるなどと微塵も思っていない深雪、だがそれは自信過剰とか図に乗ってるとかではなく、兄の技量を完全に信頼して、自分の力を正確に把握してるからこその自信の表れだったのだ。
深雪にとって、観客の視線など如何でもいい。彼女が感じる視線はただ一つ、愛しい兄の視線だけなのだから……
「この世界も広いようで狭いな……」
「お兄様、アレを使いたいのですが」
「良いよ、全てはお前が望むままに」
達也の裾を掴み、上目遣いでお願いする深雪に、達也は打算など全てを捨てて頷く。こういった深雪の「負けたくない」という意思が宿った瞳が、表情が、達也は好きなのだから。
第一ピリオドを終え、深雪が若干のリードを許す結果になった事にエリカたちは驚きの声を上げていた。
「まさか深雪がリードされるなんてね」
「でも仕方ないよね。深雪さんは一年生、あの二高の選手は三年生だし」
「上級生の意地ってやつか? それにしては大差無いが」
「まだ始まったばっかだし、そんな大差がつくわけ無いよ」
「でも、このままで終わるとも思えない」
雫のこぼした言葉に、ほのかが頷いて同意する。
「確かに深雪がこのままで終わる訳無いし、これくらいの差で諦めるとも思えない」
「でもほのか、二高の選手はミラージ・バットの専門家と言われてる魔法師だよ? いくら深雪でも厳しいんじゃ……」
「噂ではBS魔法師レベルでこの競技に使う魔法に特化してるとか」
「渡辺先輩と並んで優勝候補と言われるだけはあるんですね」
インターバルが終わり、各選手が出てくると、エリカが目聡くある事に気がつく。
「あれ? 深雪のCADが変わってる」
「本当だ……でもさっきまでのも持ってるよ」
エリカのつぶやきに幹比古が続いたが、CADが変わった理由には心当たりが無い。他のメンバーも同じようで首を捻ってる中、ほのかだけが羨ましそうに、また妬ましそうに深雪のCADに視線を向けていた。
「そう……もうそれを使うのね深雪……」
「ほのか?」
「驚くわよ。此処に居る人全員。達也さんが深雪の為に用意した、深雪だけが使いこなせる魔法……」
「あれが何か分かるのか?」
レオの質問には答えず、ほのかはずっと深雪の持つCADに視線を固定していた。達也の中でやはり深雪は特別なのだと思わせるあのCADはほのかにとっては嫉妬の対象以外なにものでも無いのだ。
第二ピリオドの開始の合図と共に、各選手が跳躍をはじめ光球を目掛けて移動する。深雪以外の選手は着地の為に降りていくが、深雪は空中に留まりそのまま次の光球目掛けて移動し始める。
三個、四個と連続で光球をゲットした姿を見て、漸く観客はその事実を受け入れ声を出す。
「飛行術式?」
「先月トーラス・シルバーが発表したばかりだぞ!?」
「だが、紛れも無く空を飛んでる……」
驚きの声を上げている観客になど興味を示さずに、深雪は更にポイントを重ねていく。十メートルの高度を移動しなければならない他の選手と、水平に移動するだけでいい深雪とでは勝負にはならなかった。
「あれが達也君の秘策……」
「飛行魔法って先月発表されたんだよな? 何時覚えたんだ?」
「達也なら何でもありだよ……僕たちはそれを間近で見てたんだから……」
深雪がポイントを重ねて、既に勝利が確定してるのを理解してるエリカたちの興味は、深雪から達也へと移っていた。
「ほのかが羨ましがってた理由がよく分かったよ。確かに羨ましいもん」
「でも、エイミィや私じゃあれは使いこなせない。ほのかもまた同じ……だから羨んでたんだよ……」
もちろんそれ以外の理由がある事を、ほのかとの付き合いが長い雫は気付いてるし、自分も似たような感情を持っている事にも気がついている。
「深雪さん、まるで踊ってるようですね」
「うん。まさにフェアリー・ダンスだ」
「ミキ、鼻の下が伸びてるわよ」
「んなっ!? そ、そんな訳ないだろ!」
エリカの指摘に、何時ものやり取りを忘れるくらい慌てる幹比古。それが図星だったからなのか、隣に美月が居たからなのかは、傍に居た誰にも分からなかったのだが……
一方一高幹部もまた、深雪が飛行魔法を使った事に驚いていた。
「これはね……」
「まるっきし勝負になって無いな」
「渡辺委員長、顔がにやけてますよ」
「そういう市原だって、面白がってるのを隠しきれて無いぞ」
「リンちゃんもそんな事思うのね」
素直に声を出して面白がってる三人とは別に、克人とあずさはまた違った関心を抱いていた。
「司波が妹の為に用意してたのはこの魔法か。確かにこれならあの自信があったのにも頷けるが、中条」
「は、はぃ!?」
いきなり克人に名前を呼ばれ、あずさは自分の考えを中断して返事をした。
「あの魔法は、簡単に会得できるものなのか?」
「えっと、起動式自体は公開されてますので会得しようとすれば出来ますけど……」
「何だ?」
言葉を途切れさせたあずさに、克人は続きを促した。
「高校生がアレを完璧に再現して、ああやって使いこなせるかと聞かれれば……」
「難しいのか」
「はい……」
克人は一つ頷いて黙りこくった。一方であずさは先ほど中断した考えを再び始める。
「(トーラス・シルバー様があの起動式を完成、公開したのが先月。深雪さんのサイオン保有量なら難なく会得出来てもおかしくは無いけど、九校戦中に会得したとは考えられない……でも練習期間にはまだ起動式が公開されてなかった時期があるし……)」
先月といっても、まだそれほど時間は経っていない。その事をあずさは考えて、再びあの結論に辿り着いた。
「(シルバー様の正体が司波君なら、この疑問も解消される。組み上げた本人ならば、起動式が公開されてなくても飛行術式をプログラムする事が出来るし、妹の深雪さんが飛行魔法に慣れてるのも納得出来る……)」
憧れているシルバーの正体が、やはり達也なのでは無いかと結論付けたのと同時に、客席から割れんばかりの歓声が上がった。試合が終わったのだとあずさが理解したのは、一通り驚いてからだった……
圧勝と言うのは恐らくあの試合を指す言葉なんでしょうね……他が可哀想なくらいの大差……