劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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さすがタヌキオヤジの娘


真由美の探り

 魔法大学には同好会サークルと言うものはないが、クラブ活動はある。だがすべての学生がクラブに入っているわけではない。当たり前だが、部活は強制ではない。高校では部活連会頭を務めた克人も、魔法大学では非部活組だ。

 十文字家当主としての仕事もある克人は、出来るだけ早く家に帰る事にしている。こんな時間に校門を出る事は少ない。今日は偶々実習のレポート作成が長引いて遅くなってしまったのだ。予定外の事で、仕事が気になっていた克人は駅に向かう足を速めた。そんな勝とを背後から呼び止める声があった。

 

「十文字くん!」

 

 

 振り向かなくても分かる、馴染みの声。歯に衣着せぬ言い方をすれば、予定の邪魔になることの方が多い人物なのだが、どういうわけかつい足を止めてしまう相手だった。今も克人は立ち止まり振り返っている。

 

「十文字くん!」

 

「七草。聞こえているから、そんなに大声を出すな」

 

 

 小走りで駆け寄ってきた真由美は、克人のすぐ前でブレーキをかけ、照れくさそうに笑った。

 

「ごめんなさい、呼び止めたりして」

 

「いや、それで何の用だ?」

 

 

 前置きもなく用件を尋ねる。そんな不愛想な対応は、真由美の事を女扱いしていないからではなく、彼女が克人にとって気の置けない女性であることを示している。

 

「ちょっと、聞きたい事があって。電車、ご一緒してもいい?」

 

「遠回りになるぞ?」

 

「精々二十分くらいでしょ? かまわないわよ」

 

 

 

 個型電車の車内はプライバシー保護が徹底している。車内の会話が漏れる事は、ほぼありえない。この性質を利用して個型電車を密談の場所に使うビジネスマンやカップルは、例外的な存在ではないだろう。

 真由美が相乗りを誘ったのも、密談が目的だ。ただ最初の行き先は、現在真由美が一人で暮らしている部屋の最寄り駅だった。

 

「十文字くんってフェミニストよね」

 

「このくらい当然だろう。それで、聞きたい事というのは何だ?」

 

「十文字くん、達也くんに会いに行くそうね」

 

「司波から――いや、お父上から聞いたのか」

 

「何をしに行くかは、教えてもらえなかったわ」

 

 

 達也から聞いたのかとも思ったが、現状真由美は達也とは別居しているし、まだ達也に訪ねる事を伝えていないと考えなおして、克人はセリフを途中で変えたのだ。

 

「それは言えない」

 

「ありがとう。今のでわかっちゃった。というか、私たち婚約者は達也くんの正体を聞かされてるから、今更なんだけどね」

 

 

 瞼を閉じて腕を組んでいた克人だったが、真由美のセリフを聞いて目を開いた。

 

「ねぇ、十文字くん」

 

「……何だ」

 

 

 あからさまに何かをおねだりする口調に、克人は渋々応えを返した。

 

「私も連れて行ってくれない?」

 

「……何のために」

 

 

 大きく見開いた目を真由美に向け、克人はすぐ視線を正面に戻してそう尋ねる。

 

「達也くんが大人しく説得に応じるとは思えないのよ。そもそも、私が言ってもあまり聞いてくれなかったし」

 

「……まぁ、そうだろうな」

 

「だからといって、十文字くんが手ぶらで引き下がるとは思えない」

 

「………」

 

「十文字くんが達也くんに負けるとは思わないわ。達也くんも強いけど、十文字くんにはきっと及ばない」

 

「それで?」

 

「でも、達也くんもそう簡単にはやられないと思う。達也くんにはあの治癒魔法があるから、死ぬまで止まらないかもしれない」

 

「司波の治癒魔法……それほどのものか」

 

 

 克人が腕を解き、真由美に顔を向ける。

 

「えぇ。厳密に言えば治癒魔法じゃないんだけどね」

 

 

 真由美は克人の視線を正面から受け止め、逆に彼の瞳をじっと覗き込んだ。

 

「だから、取り返しがつかない事にならないように、私もついて行こうと思うのよ」

 

「司波の説得に、七草が加わると言うのか」

 

「足手纏いにはならないつもりよ」

 

「話し合いが前提なんだが……そうだな。七草に同行してもらった方が、平和的に解決するかもしれん。俺よりもお前の方が、司波とは親しい間柄だからな」

 

「今はちょっと距離を置かれてるけどね。それで、達也くんの所には何時行くの?」

 

「司波の予定が合えばだが、今度の日曜日にしようと思っている。車を使うつもりだから、家まで迎えに行こう」

 

「あら、ありがとう」

 

 

 真由美はニッコリ笑って前を向く。ちょうど個型電車が真由美の部屋の最寄り駅に到着したので、真由美はもう一度克人にお礼を言ってから、改札を抜けて家路につく。

 

「ゴメンなさいね、十文字くん。でも、私が達也くんの婚約者だって知ってるのに簡単に相乗りを認めたんだから、十文字くんの落ち度よ?」

 

 

 克人が乗っている個型電車を見詰めながら、真由美はそう呟いた。真由美が達也と距離を置いたのは、達也にディオーネー計画に参加させるためではなく、参加させるために動くであろう十師族の動きを探る為なのだ。その事を知っているのは、部屋を手配する時に力を借りた鈴音と、同じ婚約者の中でも限られた人物だけなので、あまり人を疑わない克人を騙すのは、真由美でなくても難しくなかった。

 

「ある程度の情報なら教えてもいいって言ってたけど、さすがに達也くんの方が十文字くんより強いなんていったら、十文字くんの対抗意識に火が点いちゃうもんね」

 

 

 克人なら自重して達也を殺す事は無いだろうと思っているが、達也の方にそれを求めるのは不可能だと理解しているので、あまり克人を煽らないようにしようと、真由美は心に決めているのだった。




克人は疑う事を覚えた方が良い……

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