劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ポンコツなりに考えてます


リーナの悩み

 航空母艦エンタープライズにおける護衛任務から戻ってきた翌日、リーナは何もする気にもなれずに部屋でボーっとしていた。

 

「散歩でもしようかしら」

 

 

 かつて所属していた部隊の宿舎に部屋を宛がわれたリーナは、何処にいても監視されているような気がしていて、あまり積極的に外に出ようとはしなかったが、何時までも部屋でボーっとしているのは如何なものかと思ったのか、そう呟いて部屋から外へ出た。ちょうどそのタイミングで、訓練を終えたベンジャミン・カノープスが現れ、リーナの顔を覗き込んで首を傾げた。

 

「何だか調子が悪そうですが、身体の具合でも……?」

 

「いえ、何でもありません。ですが、そんなにだらしない顔をしてたかしら?」

 

 

 カノープスが真顔で心配してくれたので、リーナは無理にでも明るい表情を作って問い返した。

 

「それほどではありませんが、かつての総隊長なら、あのような表情は見せなかったかと……本当に、何も?」

 

「どういう意味ですか? まぁ、ベゾブラゾフ、マクロード、二人の『使徒』を前にして、柄にもなく緊張していたようです」

 

「船上ではなく会談の場ですからね。外国のお客様に粗相があっては、と気疲れするのは無理もありません」

 

「……ベン? それは私が、がさつだと言いたいのですか?」

 

「あ、いえ、滅相もない」

 

 

 咄嗟にカノープスが目を逸らす。リーナはこめかみが引き攣るのを感じた。

 

「ゆっくり休むのが一番ですよ、リーナ殿。それでは」

 

 

 カノープスがさわやかな笑顔で去っていく。その後姿を睨むように見送っていたリーナだが、何時までもそうしているわけにはいかないと思ったのだろう。肩の力を抜いて、宿舎の周辺を散歩する事にした。

 カノープスにムッとさせられたお陰で少し気が晴れたが、その程度で心にこびりつくしこりは取れない。さわやかな風を浴びてもスッキリした気分にはならなかった。

 原因は自覚している。エンタープライズで見た――正確には感じた、魔法師の境遇だ。今までリーナは、魔法師が兵器としての扱いを受ける事にそれほど違和感や嫌悪感を覚えていなかった。その事に最も強く疑問を懐いたのは日本にいた時、達也や深雪たちと――否、達也と関わっていた時だった。

 軍を抜けたとはいえ、リーナは自分の意思で軍に仕官した魔法師だった。軍に仕官した魔法師が戦闘に魔法を使うのは当然だと思っていた。だから「魔法師が兵器であることを強制されている世界」なんて気の迷いだと思っていた。

 自分は自分自身の意思で軍人になったように、魔法師は自分自身の自由意思で兵器としての役割を担っている。外からはどう見えても、魔法師には選択の自由がある、と思い込んでいたのだ。

 

「(でも、あれは……エンタープライズのシステムは……)」

 

 

 かつて自分が襲撃しようとした南方諸島工廠で行われていた戦略級魔法の開発と、エンタープライズのシステムとで、いったいどれだけの違いがあるのだろうかと、リーナはその事に囚われていた。

 

「(あの時は参謀本部から言われるがまま施設を襲撃しようとしたけど、世界にとって脅威となる魔法の研究がされているという事を差し引いたとしても、USNAが同じように魔法師を使っているという事よね……もし達也にこの事を伝えれば、この悩みも解決するのかしら)」

 

 

 そう思ってリーナは携帯を取り出したが、達也に連絡を取ることはしなかった。

 

「(何処で監視されているか分からないのに、今達也と連絡を取るのはマズいわね……達也だって、私が何の監視も受けずに過ごせるとは思って無かったから、ミアをつけてくれたのに)」

 

 

 残念ながら一緒の部屋で生活させてもらえなかったが、ミアも客人としてもてなされている。もちろん自分程ではないが監視されているだろうが、それでも達也とコンタクトを取る難しさは、自分よりかは低いだろうとリーナは考えていた。

 

「(何とかしてミアにこの事を伝えて、達也にどうすればいいのか相談したいんだけど……って、達也もそれどころじゃないのよね。シルバーだって知られちゃってるし、USNAとソ連とイギリスが手を組んで達也を貶めようとしているんだもんね……この三国から圧力をかけられたら、日本政府はきっと達也を差し出せと四葉家に強要するでしょうし、それの対処に達也が動くのは明らかだしね……)」

 

 

 リーナは、四葉家が『アンタッチャブル』と恐れられている事を忘れていない。むしろ、四葉家に入ってからの方が、その事を強く意識させられていた。

 

「(例え達也がシルバーだとしても、四葉家の次期当主を外国のプロジェクトに――もっといえば、地球から追い出す為のプロジェクトに参加させようだなんて、何を考えているのかしらね)」

 

 

 マテリアル・バーストだけではなく、達也には人を跡形もなく消す魔法があることを知っているリーナは、口が裂けても達也にプロジェクトに参加しろだなんて言えないと思っている。だがその事を知らない連中は、名誉だといって達也を参加させようとするだろうと、リーナは日本のある諺を思い浮かべていた。

 

「(知らぬが仏って、ある意味本当なのかもね……)」

 

 

 達也の戦闘力を知って説得しなければいけないのと、知らずに強要するのでは、精神的な苦痛がだいぶ違うだろうと、リーナは誰だか分からない説得担当に同情したのだった。




知ってたら世論はどうなるのだろう

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