五月下旬の木曜日。独立魔装大隊の風間中佐は、デスクワーク中に達也からの電話を受けた。
『お忙しいところ申し訳ありません、風間中佐。司波達也です』
「……沖縄ではご協力いただき、感謝している」
電話回線の向こう側で司波達也を名乗った事の意味を、風間は誤解しなかった。独立魔装大隊の隊員「大黒特尉」としてではなく、四葉家の魔法師として電話を掛けてきた事が何を意味しているのか、薄々ではあるが察していた。
「それで、本日はどのような用件なのかな?」
『国防軍が自分に対して襲撃を企てていると耳にしました。事実ですか?』
風間が水を向けると、人工知能のような事務的な口調で、非友好的な質問が達也から返ってきた。
「完全な事実ではない」
風間は正直に答える必要も認めていなければそんなつもりもなかったが、達也の質問に何故か白を切ることが出来なかった。
『では何処までが事実なのでしょうか』
「君を狙っているのは国防軍情報部だ。情報部の暴走であり、陸軍として意思決定されたものではない」
答えながら風間は精神干渉系魔法の介在を疑ったが、すぐに自分でその可能性を却下した。達也の苦境を座視している後ろめたさと、達也を繋ぎ留めておくためにはある程度正直に喋った方が良いという計算が自分の舌を動かしていると自覚したからだ。
『つまり、情報部の反逆なのですね』
「……そうとも言える」
達也のキツイ表現に、風間が声を詰まらせる。だが達也の言っている事は間違っていない。風間はそれを、認めざるを得なかった。
確かに達也は、陸軍の秘密施設を襲撃した。その意味では犯罪者であり、彼が特務士官であることを考えれば反逆者だ。しかし、軍人が許可なく国家から預けられている軍事力を行使することは、文民統制の根幹に関わる大罪だ。達也を反逆者として処断するなら、その罪を軍事法廷で明らかにする必要がある。正規のプロセスを経ず、情報部が独断で戦力を動かす事は、達也の指摘通り紛れもない反逆行為だった。
『ならば自分が自衛しても、旅団としては問題ありませんね?』
今度こそ風間は、答えに窮してしまった。情報部の計画は間違いなく法の秩序にも軍の秩序にも反している。マスコミにでも漏れようものなら、軍は大バッシングを受け、内閣は総辞職しなければならなくなるだろう。達也が秘密裏に対処してくれるなら、本来は歓迎すべきところだ。
だが情報部の実行部隊殲滅に、第一○一旅団がお墨付きを与えたという格好にするのはマズい。「三人いれば派閥が出来る」というように、派閥争いから無縁の組織は無い。国防軍も、その例外ではない。
第一○一旅団は旅団長佐伯少将の高い手腕と、文句のつけようがないキャリアにより背広組や政治家の介入を撥ね退けているが、派閥という意味では基盤が弱い。佐伯が女性でありながら切れ者すぎるという男社会の反発もあって、確実に信用出来る後ろ盾が無い。佐伯が国防軍内勢力図の中で置かれている立場を考えれば、揚げ足を取られるような可能性は極力潰しておくべきなのだ。
「独立魔装大隊としては、問題ない」
結局風間は、いざという時に自分で責任を取れる範囲の答えしか返せなかった。
「……理解してもらえると思うが、大隊として君を支援する事は出来ない。自分の力で切り抜けて欲しい」
『無論、理解していますし、最初から期待もしていません』
一瞬、達也が酷く酷薄な笑みを浮かべたような気がして、風間は自分の目を疑った。
『中佐がご理解くださっているだけで十分です。お邪魔しました』
「あ、あぁ……健闘を――いや、幸運を祈っている」
健闘は必要無い。達也が勝利するに決まっている。だがその勝利が事態を更に悪化させない為には、幸運が必要だろう。ヴィジホンは達也の返事を風間に届けずに切れた。
「達也……何をするつもりなんだ……」
風間は、達也が浮かべた笑みを気のせいとして忘れる事にした。デスクのヴィジホンは会話を自動的に録画している。今の通話を再生すれば、あの、相手を赤の他人に格下げするような酷薄な笑みが錯覚だったがどうか、すぐに分かるはずだ。しかし風間はそれを確認しようとせず、録画データの消去ボタンを押した。
「失礼します。中佐、何方からのお電話だったのでしょうか?」
録画データを消去したタイミングで、書類を受け取りに来た響子が風間に尋ねた。風間は、響子が達也のスパイとして自分がどう動くかを調べさせているのではないかと考え、すぐにその考えを否定した。
「司波達也殿からだ。何処で入手したのかは分からないが、情報部が彼を襲撃する計画を知り、確認を求めてきた」
「そうですか。ところで中佐、書類の方は完成しているのでしょうか?」
「あ、いや、あと少しと言うところで電話を受けたので、もう少しかかりそうだ」
「分かりました。では出直します」
「すまないな」
響子が退室したのを見届け、風間は自分が無意識に全身に力を込めていた事に気が付き、ため息と共に無駄な力を身体から追い出した。
「今ならまだ達也に勝てるかもしれないが、これ以上力をつけられると俺では対処出来なくなるだろう……師匠ですら、手に余るかもしれないと言っているくらいだからな……」
味方として考えればこれほど頼もしい人物はいないと思えるだけに、敵だと考えると厄介この上ないと、風間は達也の実力を改めて理解し、出来る事なら敵にならないで欲しいと願うのだった。
風間もいろいろと大変だなぁ……