劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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積極的に動いていく方向で


上の空な深雪

 木曜の昼食時間。魔法大学のカフェテラスで一人コーヒーを飲んでいた克人に、真由美が声をかけた。

 

「ご相席しても良いかしら?」

 

「構わない。座ってくれ」

 

 

 そう答えた後で、克人は真由美のトレイにティーカップしか載っていない事に気が付いた。

 

「七草、もうランチを終えたのか?」

 

「三限目が休講だったから、食堂が混む前に終わらせたの」

 

「なるほど」

 

 

 魔法大学の学生は勤勉で、学ぶことは多い。克人自身もそうだが、午前中に空いているコマというのは殆どない。午後は割と空き時間があったりするのだが、これは家の仕事をしている学生に配慮しての事だ。

 

「十文字くん、例の件なんだけど」

 

 

 腰を落ち着けるなり、真由美が本題を切り出す。彼女にしては性急にも思われるが、長居して目立つのを嫌っているのだろう。具体的な固有名詞は避けているが、「例の件」が達也の説得であることは説明されるまでもなかった。

 

「昨日、返事が来た。予定通りだ。この後七草に会うつもりだったから丁度良かった。九時頃出発で構わないか?」

 

「大丈夫よ。会うのはお昼なのね」

 

 

 克人の問いかけに頷きながら、真由美は「少し意外」という声で答えた。

 

「相手は高校生だ。酒を酌み交わしながらというわけにもいくまい。ならば夜に押しかけるのは迷惑だろう」

 

 

 克人が挙げた理由は常識的なものだったが、真由美が疑問を覚えたのはそこではなかった。

 

「だって、実力行使の可能性があるんでしょう? 暗くなってからの方がよくない?」

 

 

 不穏な事を言い出した真由美を、克人は制止しなかった。周りの学生は克人が十師族の当主で、真由美が十師族直系であることを知っている。十師族が「実力行使」に及ぶことは、それほど珍しい事ではない。遮音フィールドを張っているので、そもそも隣の席に聞こえていないが。

 

「暗闇の中では思わぬ不覚を取る恐れがある」

 

「十文字くん……もしかして、結構本気になってない?」

 

 

 克人の回答に、真由美は納得と戦慄を覚えた。確かに達也にとっては、視界が開けた状況よりも暗かったり障碍物が多かったりする方が楽に勝てるだろう。それを克人が警戒するのは当然の事だ。だが今の言い方では、克人が達也を全力で叩き潰そうとしているように真由美には感じられた。

 

「本気で当たらなければならない相手だ」

 

「(あっ……これは面倒臭いくらいに本気ね……誰か巻き込んで十文字くんの相手を任せようかしら)」

 

 

 真由美のセリフに断固たる口調で答える克人に対して、真由美は心の中で誰を巻き込もうか考えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金曜日、深雪は授業中もずっと昨日の夜に亜夜子から受け取ったメールについて考えていた。

 

「(明後日……)」

 

 

 メールの内容は、国防軍が達也を襲撃する日時について。それに加えて、もう一つ。

 

「(国防軍だけなら達也様が後れを取ることはない。でもそこに、十文字先輩が加わったら)」

 

 

 亜夜子からのメールは、克人の来訪に合わせて国防軍が襲ってくるという内容だった。

 

「(一対一なら、十文字先輩にも必ず勝利されると思うけど)」

 

 

 深雪も真由美と同じく、達也と克人の力関係について正確に把握している。彼女たちは達也の勝利を、達也が最強であることを微塵も疑っていない。だが、達也が無敵でない事も、深雪には分かっていた。克人と国防軍が手を組んだら、魔法演算領域の過負荷で達也が倒れてしまう可能性が無視できない。手を組まなくても、先に克人と戦って力を消耗したところに襲いかかられたなら、思わぬ不覚を取ってしまうかもしれない。

 

「(……やっぱり、私も行こう)」

 

 

 深雪がこの決断を固めたのは、生徒会活動の後片付け中だった。真夜は深雪に、達也の許を訪れてはならないと命令してはいない。だが達也を助けに行くことは、二人に別れて暮らすよう命じた真夜の意に背く行為に違いない。

 

「深雪、今日はずっと上の空だったけど、何かあったの?」

 

 

 後片付けが終わり、まだ作業している深雪の事が気になったほのかが、周りの耳を気にして小声で話しかけてくる。

 

「達也様のお手伝いに行こうかどうか迷っていたのだけど、行くことにするわ」

 

「お手伝い? でも身の回りの事はピクシーがしてるんじゃ?」

 

「そのお手伝いじゃないわ。達也様を害そうとする輩の片付けを手伝いに行くのよ」

 

「達也さんを害そうと……? それって、魔法協会やマスコミ、じゃないよね?」

 

 

 ほのかも何となく十師族の動きについては把握している。そもそも亜夜子や響子と同じ敷地内で生活しているので、情報を入手するのはそれ程難しくはないのだ。

 

「明後日のお昼ごろ、十文字先輩が達也様の許を訪れ、例のくだらない計画に参加しろと説得なさるそうよ」

 

「それで、達也さんが説得に応じなかったら、実力行使で従わせるつもりって事なの?」

 

「恐らくは。でも、達也様が十文字先輩如きに後れを取るなんて思って無いわ。問題は周り覗き魔たちよ」

 

「国防陸軍情報部」

 

「雫……」

 

 

 いきなり会話に加わってきた雫に驚くほのかを他所に、雫は決意の籠った視線を深雪に向ける。

 

「こっちでも戦力を集めておくから、深雪は先に達也さんのところへ行って」

 

「分かったわ。お願いね」

 

 

 こういう話題になれば、絶対についてくると言ってくるだろうと思っていたが、本当に力を貸してくれるなんてと、深雪は改めて達也の婚約者としての絆を実感したのだった。




好戦的な子が多い集まりだからなぁ……

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