劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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白々しくなってない…のか?


形勢逆転

 克人の攻撃型ファランクスを打ち消した後、達也の腕が動いた。両手をついて、上半身を持ち上げる。ゆっくりと立ち上がる。その口元に血の痕跡が無いばかりか、雑草に覆われた地面からも血痕が消えていた。

 

「司波。それがお前の『再成』か……」

 

 

 さすがの克人も、驚愕を隠せなかった。だが彼はすぐに気を取り直して、再び防御型ファランクスを展開した。達也は何も言わない。その表情には何の感情も浮かんでいない。人間味が、徹底的に欠如している。

 達也の左手が克人へ差し伸べられた。その手には、拳銃形態のCADが握られている。ただし、今もだらりと下ろした右手にぶら下げている物とは少し形状が違っていた。CADの先端――銃口に杭のような物が取り付けられている。十五センチほどの、金属製の杭。

 如何なる予感に捕らわれたのか、克人が突進を躊躇する。前ではなく、横に跳ぼうとする。しかし、達也が引き金を引き絞る方が早かった。何が起こったのか、克人を含め視認出来た者はいなかった。ただ、魔法が使われた事だけは分かった。

 

「ぐっ……」

 

 

 克人が両膝を付く。

 

「十文字くん!?」

 

「十文字!?」

 

 

 真由美と摩利が悲鳴を上げる。克人が右手で押さえる彼の左腕は、肘のあたりが炭化していて、そこから先が地面に転がっていた。

 

「何を……した」

 

 

 答えが返ってくるはずはない。そう知りつつ、克人は問わずにいられなかった。いったい何が彼の障壁を貫いたのか、それを聞かずにはいられなかった。

 

「バリオン・ランス」

 

 

 だが克人の予想に反して、達也は答えを返した。

 

「ランス・ヘッドを電子、陽子、中性子に分解し、陽子に電子を吸収させ、中性子線を放つ対人魔法」

 

「中性子砲だと……それは国際魔法協会が禁じる放射能汚染兵器だぞ!」

 

 

 克人は奥歯を噛みしめて苦痛を堪え、達也を非難する。しかし達也は何のリアクションも見せず、淡々と説明を続けた。

 

「放射線汚染は起こらない。放射性残留物質は残らない。攻撃したという事実を残して、攻撃に用いた中性子は全て元に戻している」

 

「再成か……」

 

「そうだ」

 

 

 達也はランス・ヘッドを再び克人に向ける。今度は、克人の心臓へ。

 

「十文字殿、降伏してもらおう」

 

「っ……」

 

「貴方のファランクスでは、俺のバリオン・ランスを防げない。それは理解出来たはずだ」

 

「………」

 

「そして、手を抜いていた俺に対して、貴方は圧倒する事が出来なかった」

 

「なにっ!」

 

 

 達也がバリオン・ランスの説明をしたのは、克人に降伏を勧告する為で、更に達也が手を抜いていたと告げたのは、彼の目がまだ諦めていないのを見て取ったからだ。

 

「十文字くん!」

 

 

 真由美がCADを操作する。しかし、起動式は出力途中で凍り付いた。

 

「深雪さんなの!?」

 

 

 真由美が深雪を鋭く睨みつける。

 

「対抗魔法『術式凍結』。七草先輩、CADは使えませんよ」

 

 

 深雪は慈愛すら感じさせる穏やかな表情で、静かに宣言した。

 

「だったら!」

 

 

 今やCADは魔法師にとって必需品だが、魔法を発動する為に必須の物ではない。そもそも現代魔法は、思うだけで現実を捻じ曲げる超能力から発展したもの。魔法力が高い魔法師は、使い慣れた得意魔法ならばCAD無しでも魔法を使う事が出来る。

 ただ魔法を発動するまでに時間がかかるのと、魔法演算領域に魔法式の構築を促す自己暗示の為の『呪文』が必要なだけだ。

 

「セット:エントロピー減少・密度操作・相転移・凝結・エネルギー形態変換・加速・昇華:エントリー! 事象改変実行! 魔法名『ドライミーティア』!」

 

 

 これが現代魔法の呪文。英語と日本語が混じっているが、言語の種類は関係ない。概念を明確に言語化して自分自身にインプット出来れば、声に出す必要もない。

 だが、敵の前でこれだけの手間を要する。イコール、同じ時間、隙だらけの姿を曝す事だ。現代魔法が呪文を捨て、CADを選んだのはそれを避けるため。

 だが深雪は、真由美が呪文を口にしている間、攻撃を仕掛けなかった。その必要が無かったからだ。真由美のドライミーティアは、発動しなかった。

 

「領域干渉……なんて強度なの……」

 

「手出し無用です。達也様の邪魔はさせません」

 

 

 呻く真由美に、深雪が宣言する。摩利が無言で地面を蹴った。彼女の手には、何処に隠していたのかファイティングナイフが握られている。魔法が使えないなら物理的な武器で深雪を無力化しようというのだろう。

 その考えは正しい。深雪が一人であったなら。水波が見た目通りの少女であったなら。真由美が本当に味方だったなら。

 摩利の足を真由美が払い、倒れた摩利の前に水波が立ちはだかった。銃口を摩利の眉間に向けて。

 

「渡辺さま、武器をお納めください」

 

 

 こんな時でも、水波の言葉遣いは丁寧だった。摩利が「くっ」と奥歯を噛みしめながら、水波ではなく真由美を睨みつける。

 

「真由美、何故あたしの足を払った!」

 

「忘れたの、摩利? 私は達也くんの婚約者。どれだけ高尚な理屈をこねようと、達也くんを宇宙に追いやろうとする計画に賛同するわけないでしょ? 十文字くんについてきたのは、師族会議の内容を達也くんに教えるための演技よ」

 

 

 摩利は上げていた顔を地面に向けた。真由美の演技を見破れなかった自分の不甲斐なさを悔いているのだ。そして水波の感情の窺い知れない視線に耐えられなくなったのも、多分にあったのだろう。




摩利も猪突猛進だからなぁ……

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