劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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これを見ると、一番敵に回したくないのは彼女だな……


覗き魔への制裁

 拳銃は魔法師にとっても脅威だ。まして今は、深雪の領域干渉で魔法が使えない状態。拳銃を構える水波の手つきは明らかに慣れていて、付け入るスキが無い。

 卑怯だぞ、とは、摩利は言わなかった。自分はナイフしか用意していなくて、この後輩の少女は銃を隠し持っていた。そして真由美は最初から向こう側だった。自分が甘かったのだ。そこから目を背ける事は、摩利自身の矜持が許さなかった。

 

「十文字! どんな絡繰りがあろうと所詮は中性子線だ! お前の中性子バリアなら防げるはずだ!」

 

 

 その代わりに克人に「諦めるな」とエールを送るが、克人は膝をついたまま動かなかった。

 

「生憎だが中性子バリアでは、俺のバリオン・ランスは防げない」

 

「何を!? そんなハッタリが通用すると思ってるのか! 中性子バリアは完成した技術だ。中性子線を完全に防ぐことが出来る!」

 

 

 摩利の反論に達也は「だからこそだ」と謎の答えを返した。いや、ここは「摩利にとって、謎の答えを返した」と表現するべきかもしれない。なぜなら克人は、達也の言葉の意味が理解出来ていたからだ。

 中性子線は極めて貫通力が高い。物質の特性はそのまま情報に反映されるから、中性子のエイドスには、貫通力が高いという情報が刻まれる。魔法は情報を介して事象に干渉する技術だ。情報的にも「貫通力が高い」中性子線を、魔法で遮断するのは難しい。「遮断が難しい」と定義されているのだから。

 だがそもそも現代魔法はその黎明期、核分裂がもたらす災禍の防止を第一目標としていた。中性子線の遮断は、現代魔法が避けて通れないテーマだった。多くの研究資源が、魔法により中性子線を遮断する方法に注がれた。その結果生み出されたのが、中性子バリア。中性子線を遮断する為だけの完成された魔法。

 魔法師は中性子線を遮断する時、中性子バリア以外の魔法を使わない。それが唯一、中性子線を遮断出来る完成された魔法だから。既に完成された魔法があるのに、他の術式を模索する魔法研究者はいなかったし、何より他の術式で中性子線の遮断に成功した例しがないからだ。

 それは、十文字家の魔法師と言えど同じ事。ファランクスの中に含まれる多種多様な魔法障壁の中で、中性子線を遮断するのは中性子バリアただ一つ。そして、使用される術式があらかじめ分かっていれば、達也に分解出来ない魔法は無い。

 バリオン・ランスには、ランス・ヘッドを中性子線に変換して射出するプロセスと、ランス・ヘッドを再構成するプロセスと、もう一つ、中性子バリアを分解するプロセスが含まれている。

 例え領域干渉で防御しても同じだ。領域干渉を無効化すると同時に、中性子バリアも分解される。そしてその一瞬に、中性子線は標的へと到達する。

 さっきも克人は、中性子バリアを展開していないわけではなかった。防御型ファランクスは「どんな攻撃にも対処出来る」魔法防壁だ。高速質量体、液体散布、気体浸透、音波、電磁波、重力波、想子波などに対処する防御と共に、中性子線に対する障壁も組み込まれている。達也のバリオン・ランスは、その防御を貫いたのだ。

 同じ事を繰り返しても同じ結果にしかならないと、達也にも克人にも分かっていた。

 

「……俺の負けだ」

 

「十文字!?」

 

 

 摩利の悲鳴を浴びながら、克人は立ち上がり、降参の印に残っている右手を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人の激闘を双眼鏡で監視していた「サル」のコードネームを持つ情報部員は、この結末に仰天していた。情報部は、二人が激突した結果、克人が勝利すると予測していた。その上で、敗北により弱った達也を拉致しようともくろんでいたのだ。

 彼は慌てて通信機をオンにした。待ち受けの電波を探知されるのを恐れて電源を切っていた物だ。今では古風な道具になった純粋光学式双眼鏡をわざわざ引っ張り出してきたのも、万が一にも監視を気づかれない為の用心だった。

 通信機をオンにしても、音声を送るような不用心な真似はしない。あらかじめ決めてあったシグナルを送るだけだ。返信はすぐにあった。強攻策だ。

 彼の心情は、撤退だった。彼も魔法師の端くれだったが、今の戦いを見て士気はすっかり萎えていた。あれは自分たちが手を出せるレベルではない、と。

 サルの所属は特務課だ。同じ情報部の所属でも、防諜課ほど十山家の魔法に信頼を置いていない。十師族でもない十山家の魔法が、あの四葉の魔法師に通用するとは、彼には思えない。

 しかし、命令は命令だ。サルは本隊と合流すべく中腰で立ち上がった。あの化け物を狙撃しろと命じられないだけマシだと、彼は自分を慰めた。彼は慎重に後退り、達也たちの姿が木の陰に隠れたところで身体ごと振り返った。

 その瞬間、彼の目の中に色の洪水が押し寄せた。人間の色覚を試すような、ありとあらゆる色を帯びた光の粒子が視界の全てを塞いで踊りまわる。彼の意識は、狂喜を誘う光から逃れるように、闇に堕ちた。

 

「これも回収しておくのか?」

 

「当たり前でしょ。どう処理するのか、あたしたちでは決められないんだから」

 

「へいへい」

 

 

 意識を失ったサルの前に男女が現れ、女子の命令に男子が仕方なく従っているような雰囲気を醸し出した。

 

「しかし、見た目に反して結構えげつない魔法を使うんだな」

 

「達也くんの為なら何でもするわよ、あの子は」

 

 

 その説明で納得したのか、男子は倒れたサルを担ぎ上げ再び姿を消したのだった。




抵抗するのが難しい攻撃だしなぁ……

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