劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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様々な牽制が見て取れるかと……


ささやかな祝勝会

 ミラージ・バットの決勝戦は、午前中とはうって変わって晴天の中で行われる事になった。

 

「お兄様、気力も充実してますし、最初から飛行魔法を使いたいのですが」

 

「良いよ。思いっきり飛んでおいで」

 

「はい!」

 

 

 達也が笑ってるのが嬉しくて、深雪は何時も以上に明るい表情をしていた。その所為で傍にいた服部の顔が赤くなったのだが、彼は純情であるが故に照れただけで、気が多いとかそういった事ではないのだ。

 

「それにしても司波さん、午前中にあれだけ魔法を使ったのによく回復しましたね。『カプセル』を使った形跡はありませんでしたが」

 

「五時間グッスリと寝かしましたから」

 

「気持ちよく試合に挑めるのは良い事だからな。それにしても、あの状態の司波相手じゃ、私が出場しても勝てるかどうか分からないな」

 

「そうね。摩利と並んで優勝候補と言われていた二高の選手は、結局予選落ちだものね」

 

 

 運悪く予選で深雪と当たってしまった為に、決勝に進んだ選手の中に、事前予想で優勝候補とされた選手は一人も居ない。元々摩利とその二高の選手のどちらかだといわれていたのでしょうがないと言えばそれまでなのだが。

 

「この試合で司波さんが優勝すれば、我が校の九校戦総合優勝が決まりますね」

 

「司波君、飛行術式がインストールされてるCADを本部に預けてたそうですね?」

 

「ええまぁ。不正疑惑で騒がれるのも面倒でしたから」

 

「でもそれって……」

 

「始まりますね」

 

 

 あずさの質問を途中で切って、達也が視線を選手たちに向けた。それにつられるように真由美たちも視線をフィールドに向けた。

 

「飛行魔法ッ!?」

 

「この短時間で他校も術式をものにしたのか!?」

 

「あれは短時間で会得出来る魔法じゃないのに……」

 

「選手の安全より勝利を優先したのか……」

 

「如何やら中条先輩の心配が的中したようですね。ですがあの術式には安全装置が組み込まれてます。トーラス・シルバーの術式をそのまま使ってるのならば、予選のような事は起こりませんよ」

 

 

 あずさが見上げる達也の表情には、何処か楽しんでるような感じが見て取れた。

 

「(司波君、まさかこうなる事を分かっててCADを運営に……でもそんな事しても深雪さんが不利になるだけだし……)」

 

 

 あずさには、達也のように汚れきった大人の考えを持つような心が無い。だから達也が何を考えてるのかに、心当たる訳が無いのだ。

 

「達也君は心配じゃないのか?」

 

「何がです?」

 

「このまま行けば司波が負けるかもしれないと……」

 

「先ほど会長が言いましたよね。そして委員長もほぼ同意してました」

 

「私が?」

 

「真由美が何を……」

 

 

 二人が困ってるのを見て、達也は表情を変えずに説明を始めた。

 

「飛行術式は簡単に習得できる魔法では無い。これは会長の見立て通りです。そして委員長が言った安全より勝利を取ったというのも、飛行術式をぶっつけ本番で使用してるので証明出来ます。ですがお二人の懸念通り、飛行魔法を始めて使った選手では、練習を積んできた深雪には対抗出来ません。そして恐らくそれはもう少し経てば分かるかと」

 

 

 達也が説明を終えたのとほぼ同時に、選手の一人が空中でバランスを崩した。空中から落ちそうになったのと同時に、術式に組み込まれている安全装置が作動しゆっくりと地面に着地した。

 

「なるほど、司波のサイオン保有量があってこその戦術なのか」

 

「常駐型魔法を一般の魔法師が使おうとしても、長時間の使用は不可能ですからね」

 

 

 また一人脱落していくのを見て、達也は実に黒い事を考えていた。

 

「(注目されている九校戦、それも花形競技のフェアリー・ダンスで飛行術式の安全性をアピールする事が出来た。これは宣伝に使えるな)」

 

 

 開発者として名前は公表してないが、彼はFLTの中でそれなりに発言権を有しているのだ。第三課に貢献する為にも、そして自分の自由の為にも飛行術式の宣伝は重要な意味を持っているのだ。

 

「これじゃあまるで深雪さんの引き立て役にしかなってないわね……」

 

「これで優勝はほぼ確実だな」

 

「そうですね。このまま司波さんが棄権しない限り、最終ピリオドで他校の選手が司波さんのポイントを上回る事は不可能ですので」

 

「このまま何もせず立ってるだけで良いんだろうが……」

 

「深雪がそんな事するとは思えません」

 

 

 達也の発言が聞こえた訳では無いのだろうが、最終ピリオドも深雪はポイントを重ねていって、決勝も圧倒的な点数差で一高の勝利、九校戦の総合優勝が決定したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 総合優勝が決まっても、一高は騒ぐ事無く明日のモノリス・コードに備える事になったのだが、一年の中では不満もあったのだった。新人戦優勝の際も、本戦での数字が微妙な為に騒ぐ事が出来なかったのだ。

 反抗に取られない程度に、一年生主催でささやかな祝勝会が開かれていたのだが、その場にこの優勝の立役者とも言える達也の姿は無かった。

 

「達也さん、もう寝てるの?」

 

「ええ、さすがに疲れたと仰って」

 

「無理も無いですよね。ずっと大活躍でしたから」

 

「そっか……達也さんは寝ちゃってるのか」

 

「ほのか?」

 

 

 若干寂しそうにしたほのかに、深雪は不思議そうな視線を向けた。もちろん中身には牽制も含まれているのだが、それを全面に出すほど深雪も嫉妬深くは無い。

 

「あれ、啓先輩?」

 

「おやエリカくんじゃないか」

 

「エリカ、五十里先輩と知り合いだったの?」

 

「ウチは啓先輩の家にお世話になってるからね。この刻印術式も啓先輩がやってくれたのよ」

 

「僕はちょっと調整しただけだよ」

 

「でも、刻印術式を扱えるなんて、凄いんですね」

 

「啓は天才だもの!」

 

 

 美月の素直な賞賛に、なぜか花音が胸を張った。エリカに対する視線が若干鋭いのに気がついた深雪は、「ここにも何か因縁があるのかしら」と思っていた。

 

「ところで司波君は?」

 

「達也君ならもう寝ちゃったって。何か用事でもあったんですか?」

 

「いや、例の妨害工作の件で聞きたい事があったんだけど……さすがに疲れちゃったのか。怪我もしてるようだしね」

 

「そうそう司波さん、優勝おめでとう」

 

「ありがとうございます、千代田先輩」

 

「啓先輩、明日の準備は終わってるの?」

 

「いや後ちょっと……」

 

 

 五十里の視線が花音に向いたことで、何故この場に居るのか美月以外の全員が理解した。

 

「でしたら急いだ方が良いのでは?」

 

「うん、そうなんだけどね……」

 

「美月、少しは察してあげなよ」

 

「仕方ねぇだろ」

 

「まぁ柴田さんだからね……」

 

 

 今まで黙っていたレオと幹比古も、同情的な視線を五十里に向けた。

 

「ふぇ? 私何かしました?」

 

「ううん、なんでもないよ……それじゃあ僕はこれで」

 

「え~! もうちょっと一緒に居ようよ」

 

「花音、僕はまだ調整が終わって無いんだ。少しは我慢してよ」

 

「啓ならすぐに終わるでしょ。それに、終わらなかったら司波君に手伝ってもらえばいいじゃない」

 

「彼は今日まで忙しかったんだ。これ以上無理は頼めないよ」

 

「でもさ~」

 

 

 騒がしい先輩たち……いや、花音が居なくなりこの場に静寂が訪れた。

 

「啓先輩も大変そうだな」

 

「でも、幸せそうだった」

 

 

 エリカと雫の発言が、あの二人の全てを物語っていたのだった。




花音の警戒は全くの無意味なのだが……

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