劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

1360 / 2283
腕の一本くらいは代償でもらっておいても良かったと思うけど……


降伏の条件

 達也と克人が向かい合う。克人の左腕は、達也の『再成』によって復元されていた。

 

「司波。俺をどうするつもりだ」

 

 

 克人が降伏の条件を尋ねる。

 

「このまま手ぶらで帰り、二度と同じ話を蒸し返さないでもらいたい」

 

「――そうか」

 

 

 達也の条件はそれだけで、克人はそれを妥当だと思った。敗者の自分には、異議を唱えられないものだと。しかしどうしてもこれだけは言っておかなければいけないと思っていた。

 

「司波。先ほども言った通り、状況は猶予が無いところまで来ている。魔法協会は四葉家の不興を買ってでも、お前がトーラス・シルバーである事実を公表するだろう。そうなれば、世論はお前にプロジェクトへの参加を強要する」

 

 

 達也は何も言わずに克人の話を聞いていた。これは、克人が話を蒸し返しているのではないと理解しているからだ。

 

「それでもなおプロジェクトへの参加を拒むのであれば、日本魔法界に、いや、この国にお前の居場所は無くなってしまうぞ。きっと、四葉殿でも庇いきれない」

 

「例えそうなったとしても、ディオーネー計画には参加出来ない」

 

 

 達也の声に、迷いは無かった。

 

「何故だっ!? 何故そんなに頑なに拒む!? アメリカは達也くんを実験台にしようとか、無償で働かせようとか言っているんじゃないだろ! 達也くんはある意味、日本の代表という名誉を以て国際プロジェクトに迎えられる。ディオーネー計画自体も、人類の未来に立ち塞がる困難を解決しようとするものだ! 日本から孤立してまで拒否する話ではないはずだろう!」

 

「魔法を平和利用する利益は、魔法師自身が享受すべきものだからだ」

 

 

 摩利が心底理解出来ないというように叫んだが、達也は克人に対するものと同じ口調で摩利に答えた。その強い物言いに、摩利が思わず怯んだ。

 

「……どういう意味だ?」

 

「ディオーネー計画には裏の意図がある」

 

「なに?」

 

「金星のテラフォーミングが表の意図。裏の意図は、地球上から自分たちの邪魔になる魔法師を追放する事だ」

 

「……どういう事だ? 達也くん、いったい何を言っているんだ……?」

 

 

 摩利が困惑しきった表情で問う。

 

「ディオーネー計画について考えれば考える程、このプロジェクトは主として裏の意図を達成する為のものだという確信が強まった。

 

「説明してくれ」

 

 

 言葉を失った摩利の代わりに、克人が達也に問い掛ける。達也は視線を摩利から克人に移し、彼のリクエストに応じた。

 

「ディオーネー計画は実行段階において、金星衛星軌道、小惑星帯、木星上空、木星の衛星ガニメデに、多数の魔法師を配置しておかなければならない。今の宇宙飛行技術を考慮すれば、一旦その仕事に就いたなら、長期間地球には戻ってこられないだろう。交代はあるにしても、地球上でリハビリが終わればすぐまた現場に戻される」

 

「幾ら何でもそれは……」

 

「計画の必要条件を満たす魔法師は、要求される人数に対してそれ程に少ない。計画の実行段階に投入される魔法師は、人類の未来の為、人柱にされる。魔法師が道具として利用される構図は、魔法師を兵器として使い潰す現状と、何も変わらない」

 

 

 考え過ぎではないかという摩利の反論を、達也は遮って話を続けた。既に聞かされていた深雪や真由美ですら険しい表情を浮かべているのだから、克人や摩利が何も言えなくなってしまっても仕方ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也と克人の戦いを監視させていた特務課員から報告を受けて、情報部の達也拉致部隊は襲撃に向け動き出した。その中には遠山つかさも混ざっている。彼女は克人の敗北にショックを受けていたが、それを顔には出さなかった。

 つかさの直感は、作戦を中止して撤退しろと囁いている。しかし今回の作戦は、情報部副部長が決行を指示したものだ。彼女に中止を決める権限は無い。

 

「(克人さんも戦闘力を失っているというわけではなさそうですし……七草家のお嬢さんも、十山家に逆らう程愚かではないでしょうし)」

 

 

 つかさはそんな気休めで自らを誤魔化しながら、他の襲撃メンバーと共に物音を立てないように進んでいく。標的の達也がいるのは閉鎖されたゴルフ場だ。そこへ通じる道路ではなく、ゴルフ場を囲む山の陰からつかさたちは接近している。

 いよいよ、ここを超えれば標的が視認出来る。その瞬間、戦闘開始だ。そう気を引き締めて、鬱蒼と木々が茂った斜面に彼らが足を踏み入れた瞬間――情報部員の目の前に、混沌とした色の洪水が出現した。

 一見、出鱈目に明滅しているかに見える光の粒は、人間に睡眠を強制する色彩パターンを描いていた。襲撃チームの半数が意識を刈り取られる。残る半分は、つかさが咄嗟に設置した個体用魔法障壁で光魔法を打ち消し、何とか難を逃れた。

 この襲撃の指揮を命じられていた少尉が態勢の立て直しを連呼する。しかし、襲撃チーム一小隊三十余名の内で健在なのは二十名足らず。三人いた分隊長の内、立っているのは一人だけ。指揮系統の崩壊により部隊は混乱していた。

 彼女はその隙を突いて襲ってきた。突如、斜面の上から殺到する小柄な人影。否、小柄な、というのは錯覚だった。それは、女性としては平均的な背丈の少女だった。




後はこっちの覗き魔だけか

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。