あっという間に先頭の兵士へ殺到し、木々の枝が邪魔をしているにも拘らず、その隙間をすり抜けて銀光を反射する得物を振り下ろす。獲物は、刀。その刀身は、つかさが設置した個体用シールドに激突して停止する。ところが、斬撃を浴びなかったはずの兵士が、ふらりと崩れ落ちた。
「(さっきの催眠魔法!)」
シールドが対物防御にシフトしたタイミングに合わせて、部隊の半数を眠りに導いた光魔法が味方兵士を襲ったのだ。まんまとやられた事に、つかさは動揺を禁じ得なかった。
しかし指揮官の少尉はその細工を理解しなかった。それが逆に、決断を停滞させなかった。
「撃て!」
少尉の命令により、アサルトライフルの銃口が少女へ向けられる。しかし銃弾が発射される前に、大柄な男が少女を庇って立ちはだかった。
鳴り響く銃声。銃弾の殆どが、男の身体に命中するが、男は倒れない。血も流さない。銃弾が男の前に散らばる。
「ハイパワーライフル隊!」
少尉の声は、悲鳴に近かった。それでも、判断は的確だった。アサルトライフルの銃口をかき分けて、対魔法師用携行火器・ハイパワーライフルを抱えた四人の兵士が前に出る。それと同時に雷鳴が轟いた。ハイパワーライフルの銃声でもなければ、本物の落雷でもない。轟音だけが空気を震わせた。
つかさの個体用シールドは、音波攻撃にも対応しているので、今の轟音で大きなダメージを被った兵士はいない。だが命令は妨げられ、ハイパワーライフルの引き金は、引かれぬままだ。
雷鳴は、一度で止まなかった。古典的な絵画で雷神が打ち鳴らす太鼓のように、何度も何度も空気を震わせる。身体までも震わせる。その所為で、兵士たちは震えているのが空気だけではないと気づかなかった。
突如、地面が割ける。地割れが縦横に走り、根が露出した木が傾く。地割れの深さは大したことないが、兵士の動揺を誘うには十分だった。
「撤退! 林の外へ退避せよ!」
少尉から命令が発せられたその瞬間、何故か雷鳴は止んでいた。情報部員は、野外で集団戦闘に従事する事は少ない。活動のフィールドは大抵市街地。銃撃戦に及ぶ場合も、単独、または少人数だ。駆け出した彼らの撤退は、秩序だったものとは言えなかった。
その脚に、下生えの草が絡みつく。草の方から絡みついてきたように彼らには感じられただろう。何人も足を取られて転倒する。混乱した状況を、つかさは把握しきれなくなっていた。二本の足でたち撤退を続けている味方の位置は掌握していたが、転んで視界から消えた兵士の座標を見失ってしまう。
認識から消えるのと同時に、つかさが設置した個体用シールドも消える。彼らに、雷光が降り注いだ。鬱蒼と茂る林の中であるにも拘わらず。雷光は天空からではなく、木々の間から撃ち出されていた。
林を抜け出た兵士たちを待っていたのは、雷を浴びた同僚より少しはマシな境遇だったと言えるだろう。みじめさは、上回っていたかもしれないが。
捕獲用のネット弾が、彼らの頭上から襲いかかる。何発も、情報部員全員を逃がさぬように。ただ一人、林の中に留まっていたつかさは、その光景に唇を噛んだ。
彼女の個体用魔法障壁は、銃弾も爆弾も毒ガスも通さない。だが、シールドで守った相手に超人的な身体能力を付与するものではない。シールドごと網の中に捕らえられてしまえば、逃走も抵抗も出来なくなる。まさか暴徒鎮圧用のネット弾が自分の魔法の天敵になるなんて、つかさには考えてもみない事だった。
「さて、残るはあんた一人ね」
少女剣士、千葉エリカが刀の間合いでつかさに告げる。彼女が迫っている事も、自分の逃げ道が塞がれている事も、つかさは承知していた。
「千葉エリカさん?」
「ええ、そうよ」
エリカは端的に、それだけを答える。つかさが予想した軽口は無かった。
「私は国防陸軍曹長、遠山つかさ」
「あっ、そっ」
興味なし、というエリカの態度が本音か演技か、つかさは見極めようとしたが、上手くいかなかった。
「千葉エリカさん。私たちは任務の最中だったのですけど」
とりあえずつかさは、突きつけられた刀を無視して舌先三寸で攻める事にした。
「ふーん、それで?」
「それを妨害した貴女には、ちょっと思いつくだけで暴行、傷害、公務執行妨害、銃刀法違反、これだけの容疑が成立するんですけど」
エリカがつかさから目を離さぬまま、深くため息を吐いた。エリカには少しも恐れ入った様子が無かった。
「あんたたちさ、少しは学習しなよ」
「どういうことでしょう」
「たとえ国防軍の士卒でも、基地や演習場の外で武器を携行するには許可と届け出が必要なのよ。あんたたちは包括認可対象外の銃器を無届けで持ち歩いている。銃刀法違反はあんたたちの方なんだけど」
「……高校生なのに、詳しいんですね」
「あんたたち、この前も無許可で演習と称して武器を振り回していたでしょ? 警察は随分とお冠よ」
「しかし貴女は、警察官ではないでしょう?」
「林の外のあいつらは現役の警官よ。しかも、達也くんに助けてもらった事があるやつの部下たちだから、軍の権威とかを笠に着て逃げようとしても無駄よ。それにあんた、分かってて言ってるでしょう」
エリカが呆れ声を漏らしながら、刀を持つ手を下ろした。しかしそこに、隙は生まれなかった。
ただの犯罪者に成り下がっていた事に気付かないとは……