劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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真紅郎、巻き込み事故


クラーク親子の会話

 七賢人を名乗る怪人のビデオメッセージは、日本だけではなくアメリカでも大きな反響を呼んだ。

 

『トーラス・シルバーは、国立魔法大学付属第一高校三年生、司波達也氏である。日本の方々よ、司波達也氏を説得してほしい』

 

 

 今まで正体不明とされていたトーラス・シルバーの正体を発表したことで、アメリカ魔法学会は大騒ぎだ。魔法の学問的な分野でトーラス・シルバーの名は『基本コード』の発見者である吉祥寺真紅郎と同じくらい注目されていたのだ。加重系統魔法の基本コードの発見以来、特に目立った業績が無い吉祥寺より、飛行魔法を実現したトーラス・シルバーの方を高く評価する向きもある。理論分野では『カーディナル・ジョージ』技術分野では『トーラス・シルバー』というのが、アメリカ魔法学会における一般的な対日イメージだ。

 そのトーラス・シルバーの、今まで秘匿されていた素性が明かされ、しかもその正体が吉祥寺真紅と同じ高校生。このニュースは、普段あまり魔法に興味を示さない人々の間にもセンセーショナルなものとして注目を集めた。

 期待通りに踊ってくれている大衆の様子を普通のネットを見て、レイモンドは一人、満足げに笑った。根暗な絵面だという自覚はあったが、ハイスクールの友人と一緒に楽しむというわけにはいかない。レイモンドが七賢人だということは、彼と父親であるエドワード・クラークだけが知る秘密だ。ただの友人に、自慢は出来ない。

 そろそろ夕食にするかと考えて、レイモンドがデスクの前から立ち上がった丁度その時、ホームセキュリティが父親の帰宅を報せた。珍しいなと感じたのと同時に、昼の件かという推測がレイモンドの脳裏に浮かんだ。父親のエドワードが家に帰ってくるのは一週間に一、二度。用がある時はレイモンドの方から父親のオフィスに出向くのが普通だ。なお母親は、レイモンドが十歳に時に離婚して出ていった。

 帰宅する日も、何時もならばもっと遅い。エドワードの普段と異なる行動パターンと自分の「悪戯」をレイモンドが結び付けたのは、自然な思考と言える。

 

「ダッド、お帰りなさい」

 

 

 怒られるだろう。そう予想しながら、レイモンドは自分の部屋を出て、笑顔で父親を迎えた。

 

「レイモンド、馬鹿な真似をしたな!」

 

「ごめんなさい」

 

 

 エドワードの語調は、レイモンドの予想より随分厳しい。だがレイモンドの謝罪は口先だけのものだった。心の中だけでなく、表情にもまるで怯んだ様子が見られない。彼は確信しているのだが。父親が、本気で怒っているはずないと。

 

「……だが、結果的には好都合だ。未成年のプライバシーを政府の関係者が暴露したとなれば、マスコミや人権団体が余計な騒ぎを起こすだろうからな。司波達也を追い詰める次の一手に悩んでいたところだ」

 

「ダッドの役に立てて嬉しいよ」

 

 

 レイモンドが神妙な顔をしていたのは本当に短い間だけだった。エドワードの叱責も、その後に告げられた本音も、レイモンドの想定内だ。民主国家であるUSNA政府が、公然と魔法師の人権を侵害する事は出来ない。未成年の権利は尚更だ。だからこそエドワードは、トーラス・シルバーの氏名を公表して日本の世論を誘導するという手段を選べなかった。世論の圧力で司波達也の身柄を差し出させるのが、USNAにとって最も低コストだと見込まれるにも拘わらず。明らかに政府関係者以外のルートからこの情報が漏洩すれば、USNA政府がマスコミや人権団体から攻撃を受ける事はない。レイモンドが演じた「七賢人」によるトーラス・シルバーの正体暴露は、このニーズに応えるものだった。レイモンドはそれを見透かしていた。

 

「他に、ダッドの役に立てることはない?」

 

 

 親孝行をしたいというより、もっと遊びたいという欲求からレイモンドが尋ねる。エドワードが僅かに両目を細めた。息子の思惑は彼にも分かっているのだろうが、それを叱らなかったのは「七賢人」に利用価値があると判断したからだ。

 

「近々、日本に行く予定だ」

 

「ダッドが?」

 

 

 レイモンドの問いかけに、エドワードが頷く。

 

「お前も来るか?」

 

「良いの? 行くよ!」

 

 

 父親の誘いに、レイモンドは二つ返事で頷いた。

 

「やけに食い気味だが、何かあるのか?」

 

「別に大したことじゃないけど、久しぶりにティアに会いたいなと思ってるだけだよ」

 

「この間お前が話していた少女か。確か司波達也と同じ高校に通っているとか言っていたな」

 

「北山家の令嬢だし、上手くいけば北山家をこちらの味方に引き入れられるかもしれないしね」

 

「何だ、本気で惚れてるわけではないのか?」

 

 

 父親のからかいとも受け取れる問いかけに、レイモンドは本気で慌てた。

 

「そ、そんなのダッドには関係ないでしょ!」

 

「そうだな。引き篭もり気味のお前が本気で惚れているなら手を貸そうとも思ったが、手駒の為だというならお前の好きにして構わない」

 

「まぁ、ティアに近づいたのはそれだけじゃないんだけど」

 

「何か言ったか?」

 

「ううん、何でもないよ、ダッド」

 

 

 自分の呟きが聞かれなかったと安堵しながら、レイモンドは笑顔でエドワードの問いかけに首を振って誤魔化したのだった。




雫が仲間になるわけ無いだろ

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