劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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強制ではないが、出頭にしか見えない


四葉家へ出頭

 達也がニュースで『七賢人』の動画を見たのは朝七時のことだ。そして彼が沈思黙考を止め行動を開始したのは、その三時間後だった。午前十時、達也が電話を掛けた先は四葉本家。

 

『お待たせ。大変な事になってるわね』

 

 

 以前と異なり、真夜に取り次ぎ依頼して居留守を使われることはなかった。ヴィジホンの画面に現れた真夜は、少しも大変だと感じていない顔であいさつ代わりにそう話しかけてきた。

 

「はい。最早消極的な対応では凌ぎきれないと考えます」

 

 

 自分を弄ぶ意図を持った真夜の言葉に、達也は真正面から応じた。思惑を外されたのが不快だったのか、真夜が軽く眉を顰めて見せた。

 

『……積極的に反撃したいという事かしら』

 

「そのご相談をさせていただきたく、お電話いたしました」

 

 

 真夜が気分を害して見せても、達也の表情は変わらない。彼は愛想笑い一つ見せず、前置きを挟んで本題に入った。

 

『何か考えがあるのね?』

 

「はい」

 

『………』

 

 

 真夜が薄笑いを消して、画面の中で考え込んでいる。その姿を見ながら、達也は無言で答えを待った。

 

『今から迎えを出します。少し早めだけど、お昼をいただきながらお話ししましょう』

 

「承知しました」

 

 

 真夜からこの指示が帰ってきたのは、秒針が半周した後だった。達也は電話で済ませても構わないと考えていたが、話をしに来いというならば否やは無い。達也は画面の中の真夜に向かって恭しく一礼した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也が四葉本家に到着したのは十一時半の事だった。迎えに来た花菱兵庫が、そのまま達也を母屋の奥に案内する。大晦日に後継者指名が行われた食堂はすぐにでも会食が始められる状態になっていたが、真夜の姿はまだ無かった。達也は今更、真夜の威光を恐れたりはしないが、この家の最高権力者を待たせることにならず安堵していたのも事実だった。

 達也が席に着いて五分もしない内に、真夜が姿を見せた。

 

「お待たせしてごめんなさいね」

 

「いえ、滅相もありません」

 

 

 食堂に入ってきた真夜を、達也は椅子から立ち上がって迎える。

 

「そう」

 

 

 鷹揚に頷き腰を下ろした真夜に続いて、達也も椅子に戻った。二人の席は向かい合わせ。会話をし易いように、テーブルも大晦日より小さな物に取り替えられていた。真夜の背後には葉山が、達也の背後には兵庫が立っている。

 食事の支度は葉山の合図で入室した女性使用人の仕事だ。コース料理ではなく一汁三菜だったのは、給仕で話が遮られるのを避けるためか。

 

「どうぞ召し上がれ」

 

「頂戴します」

 

 

 真耶に促され、達也が料理に箸を付ける。無論、彼の神経は真夜に向けられたままなので、急に話しかけられてもまごつくことはなかった。

 

「今回の事は、私も予想外でした」

 

「自分もです」

 

「達也さんは彼の事を知っていたのですよね?」

 

「レイモンド・クラークをですか? ご報告した通り、直接話をしたことはありませんが」

 

 

 パラサイト事件が一応の解決を見た後、達也は事の顛末を報告書の形で真夜に提出した。その中にはレイモンド・クラークによる情報提供の件も漏れなく記載されていた。

 

「レイモンド・クラークとエドワード・クラークの関係には、気付いていなかったのかしら」

 

「迂闊でした。継続的に情報を提供すると申し出ておきながら、その後何のコンタクトもなかったものですから」

 

 

 レイモンドは達也に送ったビデオメッセージの中で『僕は今後、継続的に、君に必要は情報を提供しようと思う』と告げていた。だがその口約束が果たされることはなかった。

 

「忘れていたと?」

 

「思い出さなかったという意味では、そうです。『フリズスキャルヴ』の存在も記憶の片隅に放置してしまいましたが、もっと真剣に調べておくべきでした。コンタクトしてきた時点でトーラス・シルバーの正体はレイモンド・クラークに知られていたと思われますが、彼が使っているツールについて詳細が判明していれば、こうして不意を突かれることはなかったと後悔しています」

 

「……過ぎてしまった事は、仕方がありません」

 

「仰る通りです」

 

 

 真夜の応えに不自然な間が生じ、達也は「おやっ?」と思ったが、表面的には神妙に一礼するだけで済ませた。だが真夜にとって、その一瞬の狼狽は誤魔化さなければならなかったもののようで、彼女はいきなり話題を変えた。

 

「それより達也さん。随分と派手に十文字殿と戦ったようね」

 

「殺しても良かったのですが、今は国内の魔法師同士でいらぬ争いをしている場合ではないと判断しました。それに邪魔だったのは、十文字ではなく十山ですから」

 

「増援を出せず申し訳ないと思っていましたが、達也さんには私の関係ないところでお仲間が沢山いたようね」

 

「自分にはもったいない友人です」

 

「そんなこと無いと思うけど。達也さんは自己評価が低すぎるから分かってないのかもしれないけど、彼らだって達也さんの力になりたいと思っての行動だったでしょうし、吉田家の次男が言っていたように、達也さんに対して借りがあるのでしょうから。もっとも、そんなの関係なく力を貸してくれていた子もいるようですけど」

 

「随分と詳細に知っているようですが、まだ報告していませんよね?」

 

 

 達也の問いかけに、真夜は誤魔化すように笑みを浮かべるだけで何も答えなかった。




真夜は会いたかっただけかもしれんが……

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