劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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かなりはっきりとしてる


建前と本音

 幾ら達也が優秀な護衛であっても、彼は万能ではない。克人との戦いも、殺さないという条件下で動いていたので楽勝ではなかった。達也は力を抑えた状況で防御型ファランクスを無力化出来なかった。彼はあらゆる魔法式を分解し霧散させてしまう技術を持っているが、あらゆる魔法を無効化出来るわけではない。

 達也は克人を倒すのに、中性子線の照射という物理的な手段を用いらなければ無かった。照射と同時に中性子バリアを使えなくしているから、中性子線を防御する事は出来ない。だが躱す事は出来る。そして『バリオン・ランス』は達也にとっても魔法演算領域に高い負荷が掛かる魔法であるゆえに、躱されてしまうと大きな隙を曝す事になる。

 達也本人はどんな攻撃を受けても死ぬ事は無いだろうが、致命傷を負う攻撃を受けて深雪を庇いきれない、というケースが無いとは言い切れない。もしかしたら、そんな攻撃が可能な魔法師が、世界の何処かに隠れているかもしれない。

 実際達也はアンジー・シリウスの荷電粒子砲によって片手を失う大ダメージを受けたし、宗谷海峡でベゾブラゾフのトゥマーン・ボンバを完全に無効化出来なかった。先日の戦いでバリオン・ランスをあらかじめ用意していなかったら、克人を生かして帰せたか分からない。

 

「……達也さんを守ることが深雪さんを守る事に繋がり、延いては達也さんの魔法を暴走させない事にも繋がると葉山さんは言いたいのね?」

 

「誓約による封印を受けた状態でも、達也様が最終的に後れを取ることは無いと思われます。しかし達也様の御力を制限して深雪様をお守りする余裕を削られてしまうのは、マテリアル・バーストの暴走を防ぐという本来の趣旨に反するものではないかと」

 

「そうね……葉山さんの言う通りかもしれません。達也さんの魔法を暴走させない為という建前を尊重させるならば、力を制限する事はむしろ逆効果とも言えるわね。貢さんにはそう言っておきましょう」

 

「それは私めが伝えておきましょう」

 

「ええ、お願い。度が過ぎるようでしたら私からお話しして分かってもらいます」

 

 

 真夜と葉山の間では、これで達也が完全に封印を取り除いた件は済んだことになった。

 

「ところで、ESCAPES計画の方はどう思いました?」

 

「感服しました」

 

 

 葉山らしからぬ感情が露出した声音に、真夜が意外感を覚えて振り向く。真夜の隣で、葉山はセリフ通りの表情を浮かべていた。

 

「随分と評価しているのね」

 

「エドワード・クラークのディオーネー計画は、責任ある立場の魔法師にとって反対するのが難しい理想的なプロジェクトでした」

 

「確かに全人類の為という理想を掲げられては、逆らうのが難しいわね」

 

「しかし達也様のご計画は、別の解決策を示すものです。エドワード・クラークの謀略に真っ向から立ち向かう為の、大義名分となりましょう」

 

「プロジェクトの壮大さの点で、達也さんのプランはディオーネー計画に一歩も二歩も劣っていると思うのだけど」

 

 

 達也が持ち込んだプランに葉山が傾倒し過ぎているように、真夜には見えたのかもしれない。彼女は水を注すような皮肉な反論をしたが、葉山は浮ついた気持ちで達也のプランを褒めちぎっているのではなかった。

 

「その分、リアリティがあるかと。資本家は、より現実的な利益を見込める投資案件を好むものかと存じます」

 

「……一般論としては、そうでしょうね」

 

 

 あくまでも、反撃手段としての有効性を評価しているのだと分かり、やや負け惜しみ感がある表情で、真夜は葉山の意見を認めた。

 

「奥様が仰せの通り、夢物語としてのインパクトは弱いと存じます。ですが国家以外から資金を集める説得力は勝っていると思われます」

 

「閣下もそうお考えくださればいいのだけど」

 

 

 達也が東道青波を説得できるかどうか。達也の思惑通りに現在の行き詰った状況を打破出来るかどうかは、そこに掛かっている。

 葉山は真夜の呟きに答えず、今度は彼の方から話題を変えた。

 

「ところで奥様」

 

「何かしら」

 

「先程のお話ですが、私は妥協が必ずしも不可能とは考えておりません」

 

「達也さんの魔法が世界に脅威を与えている事について?」

 

「はい。達也様は先程、魔法師が実質的な自治権を手に入れる事を否定されませんでした。達也様が一個人ではなく、国家を代表する方々と同等の立場になれば、妥協は成立するのではございませんでしょうか」

 

「つまり、達也さんが正式に私の跡を継げば、妥協してもらえるという事かしら?」

 

「もしくは、国家公認戦略級魔法師として公表してしまう、という感じでしょうか」

 

 

 葉山の案に、真夜は考え込むような仕草を見せた。そこに追い打ちをかけるように、葉山は真夜に声をかける。

 

「奥様、ここには奥様と私しかおりませぬし、盗聴の類は心配ありません。何時までも『四葉家当主』としての仮面を被る必要は無いと思いますが」

 

「……そうね。たっくんの計画が上手く行けば、くだらない世論もたっくんの味方になるでしょうし、嘘八百の夢物語に参加しろなんていう輩も減るでしょうしね。問題は、たっくんの考えをスポンサー様が理解してくれるかどうかよね」

 

「その辺りは、達也様にお任せした方がよろしいでしょう。下手に奥様が介入すれば、スポンサー様の機嫌を損ねてしまうかもしれませんので」

 

「そうよね……」

 

 

 心底心配そうに呟く真夜の顔を、葉山は孫娘を見守るような目で見つめていたのだった。




真夜の表現が的確だと思える

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